【著者に訊け】澤田瞳子さん/『与楽の飯』/光文社/1728円
激しい肉体労働の後、職場で供されるご飯がおいしかったら、どれほどうれしいことだろう。まして働く人が単身赴任中だったら。
奈良時代を描く澤田瞳子さんの『与楽の飯』は、そんな設定で読者を作品世界にひきこむ。国家事業である東大寺大仏の造仏所の「炊屋」で、とびきりうまい飯を出す料理人の宮麻呂と、「仕丁」として全国から集められてきた若い真楯ら、彼の料理を楽しみにして働く、さまざまな境遇の男たちを描いた。
「きっと、食べることぐらいしか楽しみはなかっただろうと思うんです。食の記憶って根源的なものですから、母親だったり行きつけの定食屋のおじさんだったり、誰にでも、宮麻呂のような存在が一人はいるんじゃないでしょうか」
当時の役所が役人に食べさせた請求書の古文書から使われていた食材の見当をつけ、献立を組み立てた。瓜の漬物、干魚の焼き物、鶏の醤焼き、笹の葉で巻いた糯飯など、どれもとびきりおいしそうだ。
「料理は好きです。雑誌に連載するとき、レシピをつけようかという話もあったんですけど、煮るだけとか、焼くだけとか、手順がシンプルすぎるのでやめました(笑い)」
京都生まれ、京都育ち。大学院で文化史学を専攻した古代史の専門家は、江戸を舞台にした前作『若冲』(じゃくちゅう)で直木賞の候補にもなった。注目の時代小説作家である。
「『若冲』を楽しんでくださった読者を古代に引っ張ってこれたら、と思います。アカデミズムは、史料のある確実なことしか言えないけど、小説は逆に、史料がなければそのすきまを想像を膨らませて書くことができる。古代の面白さは、そのほうが伝わるんじゃないかと」
東大寺の写経所で使われた食材に肉や魚の「生臭物」がないのは史料でわかっていた。では造仏所はどうだったんだろう? それでは体力が保たないのではと推測、宮麻呂の炊屋では肉や魚もこっそり使い、役人も見て見ぬふりをすることにした。
ほぼ想像で書いたという千三百年も昔の都の情景が目の前に広がる。
「昔から奈良には何度も行ってますし、よく知ってる場所だから書けるのかな。東京で同じことをやれと言われたら難しいかもしれないです」
仲間との出会いは真楯を成長させ、みなに慕われる宮麻呂の過去も明らかになる。それぞれに弱さがあり、百%の悪人も出てこない。
「人間だれしもそうじゃないですか? 完全に白と黒に分けたほうが物語ははっきりするかもしれませんが、そんな風に分けられないところに人間のばかばかしさ、面白さがあるんじゃないかと思います」
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2015年9月24日号