9月5日に6年ぶりとなる東京ドーム公演を成功させた、ロック歌手の矢沢永吉。14日には66才の誕生日を迎えたばかりだが、衰えなど一切感じさせない。今なお絶大な影響力を有する稀代のロックスターは、先月から放送されている日産自動車の「やっちゃえ」CMでも大きな反響を呼んでいる。
<2種類の人間がいる。やりたいことをやっちゃう人と、やらない人――>
企業のCMでありながら、矢沢の人生哲学と自分の人生を照らし合わせた人は少なくないだろう。なぜ今、矢沢の言葉が人々の心に突き刺さるのか。そして、そんな矢沢を起用する日産の思惑は何なのか。
父親の影響で中学生の頃から矢沢ファンだというマーケティングライターの牛窪恵さんは、同CMをこう分析する。
「矢沢さんは、いくつになっても挑戦する人生がかっこいい、という考え方を持っています。音楽活動でもそれ以外の活動でも、常に新しいことにトライしてきました。他社がやっていないことをやろうとする日産自動車のカルロス・ゴーン社長の哲学とも共通する部分があり、CMで起用されることになったのだと思います。
今回のCMで伝えている自動ブレーキ標準装備というのも、日産にとっては大きな挑戦です。実は20年以上前、他社を取材した際に、“自動ブレーキの技術自体は、ほぼ開発できた”と聞きました。ただ、技術的には可能でも、安全面などの課題があまりに大きかったそうです。日産はこれを何としても標準装備にするという攻めの姿勢で、安全性の研究を重ねてきたのでしょう」
矢沢といえば、著書のタイトルにもなっている『成りあがり』の人生。守りではなく攻めていくことで、ロックスターの階段を駆け上ってきた。マンモス企業のトヨタ自動車が勝ち続ける自動車業界において、日産も攻めていかなければ勝ち目がない。両者のチャレンジングスピリットが、「やっちゃえ」につながっているというわけだ。
しかし矢沢は、CMでも言っているように、これまでのやっちゃえ的な人生で何度も痛い目に遭ってきた。離婚やそっくりさんとの訴訟合戦などさまざまなトラブルがあったが、中でも痛かったのは元側近による35億円の巨額横領事件に巻き込まれて借金を背負ったことだろう。
「数々の失敗を重ねてきたという点でも、矢沢さんと日産は共通しています。でも両者とも、リスクを取るということをネガティブに捉えているわけではありません。失敗しても立ち上がることが大事なのだというメッセージを、社会に向けて発信しています。一昔前に比べて、今はリスクを取ってまで何かにトライする人が減っています。
それは個人の問題ではなく、社会的な背景があるからです。受験や就職で一度失敗したら、簡単には立ち直れないシステム。職場で部下とのコミュニケーションが失敗したら、すぐセクハラやパワハラと言われてしまう風潮。こんな社会ですから、みんながリスクを取りたがらなくなっている」(牛窪さん)
恋人のいない20代男女の実に4割が「恋人はいらない」と考えているという内閣府の調査結果もある。「自分に魅力がないのではと思う」と恋愛に尻込みしてしまう若者も多いという。矢沢の言葉はそんな社会への強烈なメッセージと言えるのだ。