【書評】『不思議の国のアリス 完全読本』桑原茂夫著/河出文庫/820円+税
【評者】嵐山光三郎(作家)
『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』のファンタジーと謎をときあかして、ハラハラドキドキ、なるほどそうであったのか、と膝を打った。
アリスは勇気ある少女で、好奇心のおもむくまま冒険をする。なにしろ自分が流した涙でできた池で泳ぐんですからね。乱暴ろうぜきがまかり通る公爵夫人の家では「赤ん坊いじめの子守唄」を歌っている。答えのないなぞなぞ「大鴉(おおがらす)とかけて机と解く、その心は?」を、この本では解いてみせます。その答えはエドガー・アラン・ポーの長編詩のなかにあった。
トランプの女王に襲われる悪夢から目がさめたアリスは、現実に戻ると自分も消えてしまうことに気がつく。夢がアリス・ファンタジーの核となっている。
続篇として六年後に書かれた『鏡の国のアリス』は、鏡のなかへ飛びこんで、アリスは汽車の客室に座ります。汽車は空を飛んで走る。このシーンはどこかで似たようなお話があるな、と考えた桑原氏は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に思いあたる。
賢治が生前刊行した二冊の本のうちの一冊、イーハトヴ童話『注文の多い料理店』のために自ら書いた広告文に「……少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中」とあり、賢治はアリスの物語を読んでいたことがわかる。
セイウチと大工が、海辺で休んでいたカキを散歩に誘い出して、ペロリと食べてしまう、という残酷な話が出てくる。少女アリスを書いたルイス・キャロルは童話の『赤ずきん』をヒントにした。
一九六〇年代にはビートルズのジョン・レノンが「おれはセイウチ」というナンセンスソングを自ら作って歌っている。ビートルズの映画「マジカル・ミステリー・ツアー」にジョン・レノンが歌う姿を見ることができる。
と、話は賢治に飛び、ジョン・レノンに飛び、アリス愛好症の筆者は、ルイス・キャロルのさまざまな側面を語る。エピソードがいっぱい出てくるところが本書の魅力となっている。
※週刊ポスト2015年9月25日・10月2日号