国内

鎌倉の図書館 命のツイート後に緊急会議し図書館の役割再考

 JR鎌倉駅から徒歩5分。風光明媚な古都・鎌倉の細い路地を進むと、3階建ての古い建物に突き当たる。入り口付近には子供本のコーナーがあり、本棚にある案内POPの多くはひらがなだ。

 ここは、開館から今年で104年になる鎌倉市中央図書館(神奈川県鎌倉市)だ。すべての始まりは8月26日、同図書館の職員が綴ったこのツイートだった。

《もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね》

 1万8048人。これは、1972年から2013年までの42年間に自殺した18才以下の子供の総数だ。日にち別に見ると、最も自殺者が多かったのは、9月1日の131人。ツイートはこのニュースを受けてのつぶやきだった。

 鎌倉市中央図書館が公式ツイッターを始めたのは3年半ほど前。主に図書館の行事や鎌倉市のイベントについて、中央図書館の司書3名と地域の図書館の司書1名の計4名が自由に投稿してきた。前述したツイートをしたのは同図書館の司書・河合真帆さん。18才以下の自殺者が最も多いのが2学期の始まる9月1日、というニュースを知った河合さんは、米国の図書館が「自殺したくなったら図書館へ」というポスターを作った逸話を思い出し、「自殺する子供を減らせれば」との願いからツイートした。

 実は河合さんは小学生の頃、学校に行くのがつらかった時期がある。今回のツイートに込めた思いを彼女は読売新聞にこうコメントしている。

《私は『行かない』という選択肢も知らず、我慢して登校し続けたけれど、家と学校以外にも居場所があるんだよと伝えたい》

 河合さんがつぶやいたのは8月26日午前9時11分。この日の午後、のどかな街の図書館は喧騒に包まれた。河合さんの投稿のリツイート回数が激増し、取材依頼が殺到したのだ。同図書館の菊池隆館長(53才)はこの時、初めて渦中となっているツイートを読んだという。

「メッセージを読んで、う~ん…なんていうのかな。ちょっと引っかかったのは事実です。“学校に行かなくてもいい”と図書館の公式ツイッターで発言していいのかと…」(菊池館長、以下「」内同)

 時間が経つにつれ、リツイートは爆発的に増え続けた。新聞8社、テレビ10社から一斉に取材依頼があり、そんなことはもちろん、この静かな図書館では前代未聞の出来事だった。

「図書館は教育委員会内の一組織なので、ツイートや取材依頼について報告しました」

 そのまま教育委員会や図書館の職員10名が招集されると、夕方4時から緊急会議が始まった。ある者はこう言った。「即刻ツイートを削除すべきだ」。公の施設として不登校を助長することになるのは不適切、との考えだった。

 またある者は別の理由から削除を強く主張した。「この投稿は“死ぬ”という言葉を使っている。死を連想させる言葉は影響が大きい」と。

 すると別の者が、はっきりとした口調でこう反論した。

「いや、図書館が苦しむ子供たちの居場所となりうるという積極的な意味合いがあるので、残した方がいい」

「そうだ」と同調する者、「いや、どうだろう?」と首を傾げる者…いろんな意見が激しくぶつかった。

 全国の図書館は、日本図書館協会の『図書館の自由に関する宣言』に沿って、利用者の秘密厳守を旨としている。そのため、来館情報や利用者が何を読んだかを外部に漏らすことはない。図書館は、利用者が「根掘り葉掘り聞かれる場所」ではないのだ。

 それゆえ、もしこのツイートで子供が押し寄せる事態になっても、図書館側は何もできないし、そもそも受け入れ態勢さえ整っていない。そうした背景もあって、このメッセージを削除した場合と残した場合の影響について、徹底的な話し合いが行われたのだ。

 最終的な結論に達した頃、辺りはすっかり暗くなっていた。実に3時間にもわたって議論が繰り広げられていた。

「あのツイートには、“子供たちに自殺してほしくない”“図書館が子供たちの居場所になる”という大切なメッセージが込められていたので、削除せず、そのまま残すことを最終的に決断したのです。同時に、このメッセージがどういう意味なのか、ということをわかりやすく説明したメッセージを2つつぶやくことをみんなで決めました」

 翌27日、それは実行された。以下のツイートだ。

《つらいきもちをかかえているあなたへ 図書館はあなたの居場所になりたいと思っています。心のすみっこに「としょかん」をおいてね。図書館にはいろいろな本があるよ。疲れた心によりそうような本が見つかるかも》

《みんなつながっている。きっとあなたもだれかとつながっている。
厚生労働省メンタルヘルスポータルサイト「こころの耳」http://kokoro.mhlw.go.jp/
つらいきもちによりそって》

 3時間にわたる緊急会議を経て、菊池館長は改めて図書館の役割についての思いを強くした、と振り返る。

「今回の件で、図書館は悩みを抱える子供たちの居場所となるべきという意識を改めて強くしました。そうした子供が来館した時、秘密保護の観点から図書館は積極的な声かけができません。でも、できるだけ意識して子供を見守ってください、という話を職員にしました」

 緊急会議で決定した事項は他にもある。それは悩みを抱える子供たちに相談場所の情報を提供すること。

「鎌倉市は教育センターの相談室で学校や日常生活の悩み相談をしています。ツイート後、館内にそのパンフレットを置いたり、場所や電話番号を掲示するようにしました」

 ツイートを削除した方がいいという者も、削除しない方がいいという者も、「困っている子供を助けたい」と思う気持ちは一緒だった。ルールに従って「何もできない」のではなく、決められたルールのなかで「何ができるのか」をみんなで必死に考えたのだ。

※女性セブン2015年10月15日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

長男・泰介君の誕生日祝い
妻と子供3人を失った警察官・大間圭介さん「『純烈』さんに憧れて…」始めたギター弾き語り「後悔のないように生きたい」考え始めた家族の三回忌【能登半島地震から2年】
NEWSポストセブン
古谷敏氏(左)と藤岡弘、氏による二大ヒーロー夢の初対談
【二大ヒーロー夢の初対談】60周年ウルトラマン&55周年仮面ライダー、古谷敏と藤岡弘、が明かす秘話 「それぞれの生みの親が僕たちへ語りかけてくれた言葉が、ここまで導いてくれた」
週刊ポスト
小林ひとみ
結婚したのは“事務所の社長”…元セクシー女優・小林ひとみ(62)が直面した“2児の子育て”と“実際の収入”「背に腹は代えられない」仕事と育児を両立した“怒涛の日々” 
NEWSポストセブン
松田聖子のものまねタレント・Seiko
《ステージ4の大腸がん公表》松田聖子のものまねタレント・Seikoが語った「“余命3か月”を過ぎた現在」…「子供がいたらどんなに良かっただろう」と語る“真意”
NEWSポストセブン
今年5月に芸能界を引退した西内まりや
《西内まりやの意外な現在…》芸能界引退に姉の裁判は「関係なかったのに」と惜しむ声 全SNS削除も、年内に目撃されていた「ファッションイベントでの姿」
NEWSポストセブン
(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
日本各地に残る性器を祀る祭りを巡っている
《セクハラや研究能力の限界を感じたことも…》“性器崇拝” の“奇祭”を60回以上巡った女性研究者が「沼」に再び引きずり込まれるまで
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン