超格差社会にあえぐ韓国国民にとって、財閥叩きは日頃の不満を噴出する格好のガス抜きである。大韓航空の元副社長チョ・ヒョナ氏(40)が起こした昨年12月の“ナッツ・リターン事件”。同氏は「ナッツ姫」とも呼ばれたが、日本では忘れさられようとしている一方、韓国では依然過熱報道が続く。
まず非難が殺到しているのが、今年5月に143日ぶりに釈放された(一審で懲役1年の実刑判決が下るも控訴。高裁で懲役10か月、執行猶予2年に減刑)チョ・ヒョナ氏の生活について。
7月29日、大韓航空を傘下に持つ韓進グループが、チョ・ヒョナ氏の獄中の生活環境に特別待遇を図ろうとし、ブローカーを通じて拘置所に“請願”を出していた事実が明らかになったのだが、これにメディアが飛びついた。
ブローカーには、見返りとして、韓進・レンタカーの整備事業権を受け取った嫌疑がかかっている。なにより驚くのは、このブローカーの正体が228名の死者を出した大韓航空グアム墜落事故の遺族会代表を務めていた人物という点だ。この人物はグアム墜落事故が起きた1997年当時、大韓航空から約3000万円相当の金品を受け取った罪で懲役刑を科されている。
端的に言うと会社側の意に添って動くよう買収された訳だ。遺族会の代表が、財閥の手となり足となり20年来も“従僕関係”を築いている姿からは、韓国社会の歪みが透けて見えてくる。
なお、韓国の韓進グループ叩きは、9月に入って一層熱を帯びている。1日には、チョ・ヒョナ氏の父親である韓進グループ会長チョ・ヤンホ氏が、政界との癒着を指摘され検察に出頭した。チョ会長が検察に召喚されたのは、1999年の脱税疑惑以来16年振り。“ナッツ・リターン事件”の余波で、民意が韓進グループ叩きを“国是”としているため、検察としても動きやすかったのだろう。
釈放されたとはいえ、事件以降、メディアリンチを受けたせいかチョ・ヒョナ氏は対人恐怖症を患ってしまったそうだ。
また、大韓航空内部では経営陣と社員の対立が相次いでいる。8月には、副機長のひとりが社内掲示板に次のように書き込んだ。
「ナッツ・リターン事件で社員の士気は地に落ち、チョ会長の周りにはゴマすりばかり。これはすべてチョ会長が意思の疎通を断絶しているせいだ」
外ではメディアの過熱報道と、国民の“財閥憎し”の大合唱。内からは不満を抱えた社員たちの体制批判。韓進グループにとって、まさに踏んだり蹴ったりの状況が続いている。
※SAPIO2015年11月号