本誌映画担当・活動屋映子が話題の映画出演者に迫る企画。今回登場するのは、9年ぶりの映画主演でネコと共演したあの人です!
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主演映画『先生と迷い猫』の彼の役は、カタブツでヘンクツな中学校の元校長――ご本人もやっぱり、というこちらの悪い予想は早々に裏切られ、イッセー尾形さん(63才)はのっけから笑顔。「よろしくお願いします」と深々と頭を下げてインタビューは始まった(ホッ)。
――9年ぶりの主演映画ですね。待ってましたとの声も多いのでは?
「いえ、映画には出させてもらってたけど、主演のオファーが、この作品までなかったんですよ(笑い)」
――あら! そうなんですか、てっきり作品を選んでいらっしゃったのかと思ってしまいました(汗)。
「いやいや、ははは」
――では改めて、この作品の出演の動機をお聞かせください。
「最初にプロデューサーのかたに会ったんですが、“猫が、猫がね”“猫が”って猫しか言わないんです。“猫がどうするんです?”と聞いたら、“猫がいなくなるんです”って(と、前に体を乗り出し、満面の笑みでニヤリ)。だから、それで映画ができるのか、聞いたんですけどね(笑い)」
思わぬ「猫」の連呼に、こちらもつられ笑い。そんな私たちにさらにイッセーさんがたたみかけた。
「台本もらって読んでも、これだ!というものがない。不安を抱えたまま、ロケ地の下田へ行きました」
――エーッ!! でも、伊豆半島の下田あたりでのロケ、いい雰囲気が画面から伝わってきましたね。
「はい。そのロケの第1日目、ぼくが扮した校長先生のところに染谷(将太)くんが訪ねてくるシーンから撮影は始まったんです。いきなり彼がダーッと風のようにやってきて、ぼくはどう受けていいのかわからない。ところが、監督が“すごく、いいですね”と言う。ああ、そうか、こういう作為的じゃないのがいいのか、と。自分の素なのか演技なのか自分でもわからない、すれすれのところを狙っているんだな、と」
作品は、イッセー尾形扮する妻に先立たれた元校長先生と、野良猫の交流を軸に、市役所の職員(染谷将太)や美容院の店主(岸本加世子)、元教え子のクリーニング屋のアルバイト娘(北乃きい)など町の人々が絡んで、温かなドラマが展開する。
――ライフワークでもある一人芝居をはじめ、役作りはどんなところから入るんでしょう?
「完璧に作り込む、というのを長年やってきたけど、そうじゃないものをやってみたいなあ、と実は思っていたんだなあ、ということがこの映画でわかったんです。この人物はこうだからこう演じるとか、そんなに決めてかからないで、淡くにじみ出るものをすくい取ればいいんじゃないか、と。ガッシャンとドアを開けるんじゃなくて、猫が隙間からそーっと入るように、役に入っていってもいいなあ、と思ったんです」
時々身ぶり手ぶりも交じりながら、キラキラしたやさしい目で、静かに語る。
「映画の中でぼくが演じる主人公は、死んだかみさんへの思いを引きずっています。どこかで吹っ切って、1人の生活に慣れなければと思っている。でも、はたと腑に落ちるんです。いつまでも未練がましく引きずったままでいいんじゃないか、何事もすんなり解決しなくてもいいんじゃないかと」
――主人公の心情と、ご自身の心情が重なりあったのですね。
「校長先生は家でロシア語の勉強に熱中しているでしょう。ぼくも家ではあんなでした。30年間、仕事のことばかり考えて、新作のためのノートを書き綴って。言ってみればモグラのように穴を掘るだけだった。それが、2012年に事務所を辞めてフリーになったからなのか、還暦を過ぎたからですかね、変わってきたんです」
――喜劇の天才は、プライベートでは眉間にしわをよせて、近寄りがたいと言いますものね。
「ぼくもそういうのに憧れたこともあるんです。でも、それは違うぞ、バカバカしいじゃないか(笑い)。作る時も楽しく作ったほうがよさそうだぞ。そしたら、たとえ舞台でシラケても、頑張って楽しく作ったんだからいいんじゃないか、と自分に言えるんじゃないかって」
――3年前に会わないでよかったです。きっと怖かったでしょうね。すみません、つい本音が…(汗)。
〈と私が言うと、一瞬、目を見開き、イッセーさんはおちゃめな感じでにこっとほほ笑む。〉
「それまで見過ごしてきたものを見てみようというのか、人物をとらえなおしてみようと考えて、日の光を求めて地面からピョコンと顔を出してみたら、世界ってこんなに広かったのか(笑い)。淡い希望も見えてきた。校長先生が迷い猫を探して、書斎から外に出てみたら、いろんな人と会う。そして広い社会を見る。たしかにリンクしてますね」
撮影■矢口和也
※女性セブン2015年10月22・29日号