2010年に出版しベストセラーとなった著書・『私塾・坂本竜馬』が文庫化された武田鉄也。その発売を記念して、武田自身が家族をテーマに語る。人間関係に苦しむ人が多い混迷している現代、彼が考える家族の在り方とは?
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今度出版した本は、大好きな坂本竜馬についていろいろ書いています。その坂本竜馬と同じくらい大切な存在が家族です。
最近、孫が祖父母を殺したり、母親がわが子を虐待したりするニュースが相次いで報じられています。そのたびに家族は唯一無二の素晴らしい存在だから、その絆を大切にしなければならないといわれます。
でも、実は、家族は憎たらしい存在だということに気づく必要があると思うんです。そこから始めないと、事件はなくならないんじゃないかと考えてしまう。
家族は、長い間一緒に住んでるから、自分の急所を知ってる。そこにきれいに蹴りを入れてきます。それが痛いのなんの(笑い)。
こないだ妻に言われたのは、床をじいっと見られて、「フケ? これ、フケ? あなたのフケ?」って。憎たらしいでしょ(笑い)。汚れたものがあると、何で汚れてるか追及しないと気が済まないんだね。
いちばん弱ったときにいちばん強い励ましの言葉をくれるという側面が強調されているけど、何でもないときにその人がいちばん弱る言葉を知っているのも家族なんです。
これは、思想家の内田樹さんが言ってることなんだけど、さらに不思議なのは、家族にカチーンときながらも、とりあえず「ご飯よ」って言われると、飯を食ってるっていうことなんだよね。けんかしながらでも飯を食べてる。こんなのできるのは家族しかいない。
つまり、食卓につくんだよ。それでも飯を食べていますという、その一点が家族であって、弱り果てたときに助け合ったり、病のときに支えてくれたりとか、そんないいときだけのものではないんです。イライラや短所…すべてを含めて、まだそれでも飯を食うってところに家族の意味合いがある。
腹立つなと思うんだけど、2日ばかり経つと、あの怒りは何だったのか忘れてるんだよね。だから、家族って、憎んだり怒ったりするんだけど、飯を食べてるうちに、何で怒ったのか、何で憎んだのかを忘れてしまう。そのことが家族という最後の糸なんじゃないかな。
家族は本来憎たらしいもの。そういう存在だということに気づいたときに、また違った素晴らしさがわかり、絆が深まると思います。
※女性セブン2015年10月22・29日号