わいせつか芸術か──。毎回議論となるのが春画である。そんな議論に決着がつかない中、カラーグラビアページで春画を掲載した『週刊文春』(10月8日号)について、発行元の文藝春秋が、「編集上の配慮を欠いた点があり、読者の皆様の信頼を裏切ることになった」として突如、「編集長の3か月休養」を発表した。
果たして春画は芸術かわいせつか。それを週刊誌に掲載することは是か非か。この問題について議論すべく、評論家の呉智英氏に意見を求めた。
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私は、性表現については解禁論者だが、今回の『週刊文春』の対応については、妥当だと考えています。
春画の扱いは、江戸時代に描かれた当時からポルノです。ポルノだから当然、書籍や雑誌に掲載する場合は、結合部分などは消していた。1980年代頃まではそうしていました。ところが、ここ20~30年の間になし崩し的に、消さずに掲載するように変わってきたのです。
わいせつに関する判断は時代とともに変化をしていく。1970年代に流行ったビニ本では、毛が見えたか、見えないかで大騒ぎとなり、1本ならいいのか、3本ならどうかという話も出ました。今では陰毛は解禁されている。
しかしその一方、わいせつについて定めた刑法175条(※注)は変わっていない。法律はそのままで、扱い方は変わっている。ただ扱いが変わったとしても、ポルノはポルノです。
【※注/「わいせつ物頒布等の罪」を規定しており、「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者」について、2年以下の懲役や250万円以下の罰金、科料という刑を定めている】
私は性表現については「ゾーニング」が必要だと考えます。ゾーニングとは、例えば学校の近くにラブホテルは建てられないというような、性が解禁される空間を制限するもの。ラブホテルを建てるのは構わないが、学校の近くには建ててはならないという。性表現もこれと同様に、性表現は自由だが、見られる場所は制限があってしかるべきです。
春画は表現物ですから、基本的には行政が介入すべきではない、メディアの側がそれを考えるべきでしょう。
その意味では、『週刊文春』はこれまで、過激なグラビアを掲載せず、穏健派の誌面づくりをしていた。その点が『週刊ポスト』とは大きく異なる。『ポスト』はずっとヌード、つまりポルノを掲載してきたわけですから、春画を掲載しても違和感はないでしょうが、『文春』は違う。一部の読者は家に持って帰れないと困惑したことでしょう。
※週刊ポスト2015年10月30日号