国選弁護人の仕事しか引受けず、世を捨てたような一人暮しをしている初老の弁護士が、裁判で知り合った若い女性に次第に心を開くようになってゆく。父親と娘のような関係は、時に恋人同士のようにも見えてくる。
桜木紫乃原作、篠原哲雄監督の「起終点駅 ターミナル」は、世捨人のような初老の男と、格差社会の片隅で生きる若い女性の心の通い合いを静かに描いていて、胸に迫るものがある。
舞台は、桜木紫乃の故郷、北海道の釧路。厳冬の町に生きる二人が、まるで冷えきった身体を暖め合うように、触れ合ってゆく。
弁護士の鷲田完治(佐藤浩市)は、二十五年前、裁判官を辞め、釧路にやってきた。なぜか、かたくなに国選弁護人の仕事しかしない。
町はずれの小さな家に一人住む。人と付合わない。酒もタバコもたしなまない。料理は自分でする。ストイックな暮しに、自分を封じこめている。
完治はかつて、妻以外の女性(尾野真千子)を愛した。その女性に自殺された。その死に責任を感じ、裁判官を辞め、妻子と別れ、身を隠すように、釧路の町に来た。
初老の男の一人暮しぶりがしんみりとする。とくに黙々と料理するところ。北海道独特の料理ザンギ(鶏の空揚げをタレで食べる)を作る。イクラ漬も作る。佐藤浩市が、この過去のある男を物静かに演じている。
覚醒剤使用で逮捕された敦子(本田翼)という若い女性の弁護をすることになる。水商売をしていて、同棲相手のチンピラの罪をかぶったらしい。幸い判決には執行猶予がつく。
敦子が弁護の礼に来たことから、二人の触れ合いが始まる。国選弁護人に頼むくらいだから、彼女はろくな暮しをしていない。それでも、すれていなくて、純なところがある。
完治が作ったザンギを食べて「おいしい」とはじめて笑顔を見せる。病気になって、完治に看病してもらい、心をなごませる。おそらくこれまで人に優しくされたことがなかったのだろう。完治のほうも、突然、飛び込んできたヒナドリのような女の子に心動かされる。それまで自分に禁じていた優しさを取り戻す。
「優しさ」は、字のとおり、人の憂いを知ること。憂いを知る二人が、次第に寄り添ってゆく。
釧路と、その周辺でロケされている。町はずれの丘の上に建つ完治の小さな家。父親が漁師だったという敦子の実家があるさびれた漁村。風景が、心寂しい二人に合っている。
文■川本三郎
※SAPIO2015年11月号