【書評】『アイルトン・セナ 確信犯』レオ・トゥッリーニ・著/ 天野久樹・訳/三栄書房/1680円
【評者】末國善己(文芸評論家)
ブラジル人F1ドライバーのアイルトン・セナは、ホンダがエンジンを提供していたチームに所属し、鈴鹿サーキットで奇跡の走りを見せるなど、日本とも縁が深かった。それだけに、1994年のイモラ・サーキットでの事故死は衝撃的だった。
本書は、イタリアを代表するF1記者によるセナの回想記である。
偶然、セナの遺体をブラジルへ運ぶ飛行機に乗った著者は、本来は貨物室に入れられる棺が、機長の判断で客室の一画に安置されたのを目にしている。ここからも、セナがどれほど愛されていたかがよくわかる。
だが、本書は単なるセナの礼賛本ではない。チームメイトだったプロストとの確執を通して、勝負師としてのセナの実像に迫っているのだ。
2人の因縁の始まりは、1989年、場所はくしくもセナが事故死したイモラである。プロストは、先に第1コーナーに入った者が優先権を持ち、チームメイトを攻撃しないという約束を持ちかけるが、これをセナが破る。続く鈴鹿では、トップ争いをするセナとプロストが接触し、セナはタイトル争いから脱落した。
プロストが故意に事故を起こしたと考えていたセナは、翌年の鈴鹿で、その報復に出るのである。著者は、事前に鈴鹿での復讐計画を知らされており、F1界を騒がせる騒動になった事件は、セナによる確信犯だったと結論付けている。
著者は、セナのダーティーな面も隠さず書いているが、決して不快になることはない。それどころか、すぐに感情を爆発させる幼さと、勝利のためなら手段を選ばないプロとしての矜持を併せ持つセナが、これまで以上に輝いて見えるのである。
※女性セブン2015年11月5日号