「この草はウチの庭のものと同じ。向こうの花はもうすぐ咲きそうね」──行き交う人々が足を止め、緑の壁に顔を寄せる。10月3日、山口県のJR新山口駅に誕生した新名所「垂直の庭」である。
駅の北口と南口を結ぶ自由通路の建設にともない設置された全長約100mの緑化壁。壁面には、県内から採取された約140種類、1万7000株の植物をひと株ずつ植栽、今後は独自設計された灌水システムで育てられる。辺りはほんのりと土や苔の香りが漂い、そよ風が花や葉を揺らす。鉄道の駅という無機質な空間は、訪れる人の憩いの場となって生活に溶け込む。
デザインしたのは、フランス人アーティストのパトリック・ブラン氏。垂直庭園という概念の発明者として知られ、パリのケ・ブランリー美術館や日本の金沢21世紀美術館など、世界各国で200以上もの垂直庭園を手掛けてきた。フランスの国立科学研究センター(CNRS)に所属する植物学者としての顔を持ち世界中の植物を熟知する専門家だが、今回のプロジェクトは稀有な体験だったと語る。
「4年前に新山口駅に初めて降り立った瞬間、山々を望む自然豊かな風景に感銘を受けました。その後、県内の森林を訪れると、どこもすばらしい野生植物の宝庫であることを知ったのです。
これまで私は、世界各地の植物を持ち込んで垂直庭園を作ってきましたが、今回は山口の植物だけで“里山”を表現しようと試みました。現地の植物だけで作るのは初めての経験で、胸が高鳴り、興奮する毎日でした。初めて発見した植物もあったので、ひょっとしたら新種かもしれませんね」(ブラン氏)
壁に根を張り、季節の移ろいとともに植物は成長する。春に咲く花があれば、秋に実を結ぶ植物もある。「垂直の庭」は植物の息吹を感じられる“生きたアート”。通路に差しかかると、日常の生活空間から森の中へ飛び出したような不思議な解放感に包まれるのだ。
撮影■太田真三
※週刊ポスト2015年11月6日号