文庫版『私塾・坂本龍馬』を発売中の武田鉄矢(66才)が語るのは、母親の役割。母と娘の関係が多様化する中で、いちばん子供にしなければいけないこととは何か。母・イクさんのために『母に捧げるバラード』を作った武田さんが考える母親の役割を聞いた。
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今の時代のお母さんたちはいろいろな情報を持っているから、子供に「あれも、これもしてあげなくちゃ」と焦ってしまうでしょうけど、母親のいちばん大切な役割は、子供をホッとさせること。それも、子供が幼いときだけじゃない。大きくなってからも安心させることが大切だと思います。
ぼくは、雨が降ってくるとコロッと寝てしまうんだよね。自分でもどうしようもないと思うんだけど、雨音を聞くと催眠術にかかったように眠くなってしまう。なぜだろうと不思議に思っていたら、あるとき気がつきました。「あ、これ、母ちゃんだ」って。
うちは貧乏だったから、母ちゃんはしょっちゅう、繕い物のためにミシンを踏んでいました。足踏みミシンって、降り出した雨と同じシャーッという音がするんです。うちの母ちゃんはミシンがけがうまかったから、その音が途切れない。
その音がしている限り、母ちゃんは、火鉢の横で毛布をかぶって寝ているぼくのそばにいた。だから、雨音がしていると、ぼくは安堵感を覚えたのだと思います。雨音を聞くと、母ちゃんの横で寝ていたような安心感が生まれる。大人になった今でもそうなんです。
よく、3才になるまでの子育てが重要で、そこで安定した情緒を育むことが、その後の人生にとって大事だといわれているけれど、要するに3才までって、人生の「縁側の時代」なんですよ。
縁側って、家の中でもなければ外でもない、中途半端だけれど、とても安らげる場所ですよね。縁側に座った子供は、家の中にいる母親のシルエットを、障子越しに見ています。そうして「ああ、あそこに母ちゃんがいるな」と安心したかと思う一方で、外の景色を見ている。
縁側の時代は、そういった安心感や情緒の安定、生き物としてホッとできる気持ちを、知らず知らずのうちに学習する期間なんだと思います。
もう子供が大きいというお母さんで、小さい頃の子供にそんな体験は与えていないという人もいると思います。その子が小さいときのことをしっかり思い出してください。あなたが何をしたら子供は安心していたのか。何かひとつはあるはずです。それがわかったら、子供に伝えてあげてください。その子がつらいとき、苦しいときに必ず支えになるでしょう。
※女性セブン2015年11月12日号