「この週末は、東京にいる孫に会いに行ったんですよ」──。京都市山科区の閑静な住宅街にある自宅の書斎で朗らかに語る川崎桃太氏。足腰もしっかりしていて肌ツヤもよく、書棚にぎっしり詰まった本を忙しく引っ張り出してはインタビューに応える様子は、健康そのものだ。
今年3月に100歳を迎えた川崎氏は現役の言語学者だ。16世紀のポルトガル人宣教師、ルイス・フロイスが、織田信長や豊臣秀吉が天下を治めていた戦国時代の日本を描写した書籍『日本史』の翻訳・研究の第一人者である。いま、ドラマや小説で描かれる信長や秀吉のイメージは、川崎氏の研究成果によるところが大きい。
その功績は広く認められ、1981年に共同翻訳者の故・松田毅一氏(京都外国語大学名誉教授)とともに菊池寛賞を、作家・開高健と同期で受賞している。
今年6月には、約2年がかりで執筆した『フロイスとの旅を終えて今想うこと』(三学出版刊)を出版。一区切りをつけた。
「殺伐とした戦国時代を生きた異国の宣教師とともに、当時の日本をタイムマシンで旅をした気分です。フロイスが残した信長や秀吉の描写は身振り手振りにいたるまで細かく、まるでこの目で見たと錯覚するほどでした。『日本史』に熱中してはや40年、100歳という年齢でひとまず“フロイスとの旅”をまとめておきたかったんです」(川崎氏、以下「」内同)
クリスチャンである川崎氏の現在の日課は、書斎でラテン語の聖書を静かに読むことだという。
それにしても驚くのは、100歳とは思えない溌剌(はつらつ)さだ。膨大な資料や書籍と格闘し続けたせいか眼鏡は手放せないものの、耳はしっかりと聴こえ、身のこなしも軽い。老いを感じることはないのだろうか。
「そうですねえ……昨日あったことを今思い出せない程度の物忘れと、158cmあった身長が155cmに縮んだくらいです(笑い)」
健康の秘訣も聞いてみた。
「タバコは60歳で止め、お酒も嗜む程度。不摂生とは無縁の生活です。特別な健康法はありません。強いていえば、日曜礼拝や週2~3回の買い物で京都市内に出かけることと、毎日20分近所を散歩することくらい。それも難しいときは無理をせず、書斎からトイレまでの廊下を往復する。まあ、歩くことです」
70代以降はさすがに病気も経験している。前立腺の肥大を軽く見て放置して、がんを患い大手術をしたこともあったが、それも克服した。
「長寿の秘訣を一つあげるならば、信頼できる主治医を見つけること。糖尿病にもなりましたが、自分の体ときちんと対話して主治医に少しでも早く相談してみる。そういう心がけは大切だと思います」
健康長寿の理由として川崎氏が感じていることは他にもある。
「ラテン語やポルトガル語を学び、西洋の古典文学に魅了され、後半生は『日本史』を“ああでもない、こうでもない”と考えてきたら、気がつけば100歳を超えていた。人生をかけて没頭できるものに出会えたことが長寿の一番大きな理由かもしれませんね」
※週刊ポスト2015年11月20日号