海洋国家・日本が世界に誇る「海と地球の研究所」がJAMSTEC(ジャムステック=国立研究開発法人海洋研究開発機構)。その調査活動の中で大きな役割を担っているのが、1989年に完成した有人潜水調査船「しんかい6500」だ。その名は、水深6500メートルまで潜航できることに由来する。同レベルの深海層に達する有人潜水船は世界でも5隻しかなく、日本の深海調査研究の中核を担っている。
これまでの潜航回数は1400回を超え、調査海域は日本近海だけでなくインド洋や大西洋など広範に及ぶ。2013年には400℃の熱水が噴くカリブ海のケイマンライズ深海熱水域やブラジル沖、マリアナ海溝など世界各地の海を調査した。
調査研究の主はマニピュレータを使った深海生物や鉱物、泥などの試料採取、研究機材の海底設置や回収、映像記録など。そして何より重要なのは乗船研究者が深海を直に観察することだ。三陸沖の日本海溝でナギナタシロウリガイ、伊豆・小笠原の鳥島沖で鯨骨生物群集、インド洋で新種の巨大深海イカ、特殊な巻貝スケーリーフット大群集をそれぞれ発見するなど、生物分野でも大きな功績を残してきた。
同船に1回の潜航で乗り込めるのは3名まで。コックピットのある耐圧殻は内径2メートルの球体で、ここに研究者1名とパイロット2名が搭乗する。潜航歴34年のパイロット・櫻井利明氏は「腕や足を十分に伸ばせない完全な密閉空間です。携帯用トイレを持ち込むことが欠かせない」と笑う。
海面から水深6500メートルに到達するまで約2時間半。海底での調査に3時間を費やし、また2時間半をかけて海面に戻ってくる。約8時間はこの密室から出ることができない。
「しんかい6500」やロボット探査機で数多くの深海生物を調査してきた海洋生物多様性研究分野チームの藤原義弘氏は、研究の意義をこう語る。
「日本の海域は複雑な海流や海底地形を持つため、海洋生物が非常に豊富です。特に深海には人間がまだアクセスできていない未知の場所が多いため、我々が知らないだけで産業や医療に応用できる生物が存在している可能性もあります。これらを研究することは“日本は天然資源に恵まれていない”という定説を覆す大発見につながるかもしれません」
昨年完成25周年を迎えた「しんかい6500」だが、2012年に大幅な改良を行ない、操縦性能が格段にアップした。パイロットの育成にも力を入れ、有人潜水船の操縦技術の継承も行なわれている。
写真■JAMSTEC
※週刊ポスト2015年11月20日号