中国内で今年5月から6月にかけて、日本人男女合わせて4人がスパイ容疑で逮捕される事件が発生した。習近平指導部が日本政府に対して「スパイ釈放」を条件に尖閣諸島問題に関する交渉のテーブルにつくよう要求したとの事実をつかんだジャーナリストの相馬勝氏が、今回の逮捕劇の狙いを解説する。
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中国では習近平指導部発足後、中国の共産党一党独裁体制を覆そうとする外国勢力の侵入や西側の思想の浸透を神経質なまでに警戒している。いわゆる「和平演変」(平和的な体制転覆)である。習近平指導部は西側の民主化や政治思想に強い影響を受けている中国内の非政府機関(NGO)や人権弁護士らの活動に目を光らせる一方で、外国人の活動にも神経を尖らせている。
日本人2人の逮捕前に、米国の女性とカナダ国籍夫婦の計3人が逮捕されていることからも、そのことが分かる。この法的根拠が昨年11月に施行された「中華人民共和国反スパイ法」である。しかし、北京の外交筋は「日本人逮捕の場合は極めて政治的、外交的な意味合いが含まれている」と分析している。
なぜならば、この4人が身柄拘束された5月と6月というのは、日中戦争が勃発した1937年7月7日の盧溝橋事件78周年に近く、中国内では反日機運が高まっていた時期と重なっているからだ。今年の7月7日は盧溝橋近くの抗日戦争記念館で、大々的に日中戦争の展示会が開催され、習氏ら党最高幹部が勢ぞろいした。
また、2人の逮捕が発表された9月には、北京で抗日戦争勝利70周年の軍事パレードが行われており、今回の逮捕劇はまるで日本人を狙い撃ちしているようにも受け取れる。そもそも中国では国家機密の定義があいまいで、中国側の考え次第でいかようにも外国人を逮捕することができる。
筆者は40年ほど中国をウオッチしてきたが、中国では立ち入り禁止区域がどこで、国家機密は何なのかが非常に分かりにくい。また、香港で流れた情報なども、中国内部では国家機密に当たることもある。それは筆者のニュースソースの日本人男性が国外追放になったことからも分かる。
今回の逮捕劇は時期的にみても、国内の求心力を高める「反日カード」にも、さらに日本に妥協を強いる「外交カード」としても使えるのだ。
※SAPIO2015年12月号