【著者に訊け】山口恵以子さん/『山口恵以子エッセイ集 おばちゃん街道 小説は夫、お酒はカレシ』清流出版/1620円
【本の内容】
「あとがき」に、〈人生の一番搾り〉と自ら記すように、山口さんの57年間の珠玉の失敗エピソードがてんこ盛りとなっている。お酒を飲んでの泥酔懺悔。43連敗を記録したお見合い。食堂のおばちゃんとしての粉骨砕身。そして悩める人が多い母子関係への提言まで。苦節35年の人生経験を笑って泣いて、読後、元気をもらえる。
「食堂のおばちゃん」から作家になり、テレビのバラエティー番組にも呼ばれるようになった山口さん。初エッセイ集はなんと、1週間で書いたという。
「おなかの中まで総ざらえしてぶちまけた自分自身の集大成ですから、エピソードや構成をわざわざ考える必要もなかったんです。編集者は『こんなに早くいただけるとは』とびっくりしてました」
脚本家を目指し、ドラマのプロットライターをしていた時から書くのは早かったそうだ。
「松本清張賞をいただいたとき、とにかく『執行猶予1年』だと思ったんです。来年になったら新しい受賞者がデビューする。それまでに1段上に上る努力をしなきゃ、元の木阿弥になっちゃう。編集者に好かれる作家になるには絶対、この1年が勝負と、エッセイの依頼をいただいて1時間後に書き終え、返信メールで送ったこともあります」
横山秀夫、山本兼一といった作家がデビューした清張賞は、実績ある文学賞だが、芥川賞や直木賞ほど話題にならない。だが、一昨年、受賞したとき山口さんには確信があった。
「食堂のおばちゃんが小説の賞を獲ったというのは結構珍しいから、話題を集めるはずだ、って。出版社の人は誰も信じてませんでしたが、小説を読んでくれるのっておばさんなんです。おじさんはビジネス書しか読まない。若くてきれいな人が受賞しても、おじさんの欲望は刺激しても、おばさんには関係ない。自分よりかわいそうな境遇のおばさんが、人生も終わりにさしかかってひと花咲かせたニュースのほうが共感してもらえるに決まってます(笑い)」
読みは当たった。受賞会見こそ地味な扱いだったが、東京新聞が大きく取り上げたのをきっかけに、テレビ取材や執筆依頼が殺到した。大好きだった食堂勤めは昨年春で辞めて作家専業になり、週刊誌の人生相談なども担当している。
『おばちゃん街道』では、マンガ家、脚本家を目指すがかなわず、食堂勤めのかたわら、作家デビューするまでの人生を綴った。何度、崖っぷちに立たされても前を向き、苦労を苦労と思わない明るさがある。
「人は人、自分は自分と考え、人と比べないところは母譲りです」
受賞が決まり、慌てて記者会見に出る準備をする娘の黒いパンスト1枚の姿を見て、「力道山!」と指さす母。「上手い!」とウケる娘…。母娘関係も読みどころのひとつだ。
「うちの母と私はとにかく人間の相性がいいんですよね。午前3時半に起きて食堂に出勤する姿も見ていたので、『苦労した甲斐があったわね』と喜んでくれてます」
(取材・文/佐久間文子)
撮影■三島正
※女性セブン2015年11月26日号