11月下旬の平日夜7時、千葉県浦安市の市民プラザの一室に、仕事帰りの女性たちが吸い込まれていく。室内では順天堂大学医学部付属病院の医師が、モニターを使って妊娠適齢期の解説をしている。「妊娠は一つの奇跡なのです」。そんな説明に、女性たちはみな熱心に聞き入り、メモを取っている。
この日、同室で開かれていたのは、市が主催する「卵子の凍結保存」の希望者向け無料セミナーだった。
「今までは高額な費用がネックで諦めてきましたが、やっと光が見えてきました」。セミナー終了後、参加者の1人(34才)はそう言って笑顔を見せた。
今年7月、浦安市は市民の卵子凍結に税金補助を導入した。対象は同市在住の20~34才の女性で、保険適用外の計56万円のうち、46万円を税金で補助する。自己負担は10万円となる。
順天堂大学医学部付属病院と提携し、45才までの妊娠を前提に、通常であれば年間数万円かかるという「凍結卵子の維持費」も補助金でまかなわれる。
昨年、30億円の少子化対策基金を設けた同市にとって、より踏み込んだ政策である。
背景にあるのは、同市の出生率だ。都心へのアクセスのよさでサラリーマンや若い世代の流入も多いが、少子化に歯止めがかからず、2014年の合計特殊出生率は1.09。全国最下位クラスの数字である(全国平均は1.42)。
市の健康増進課によれば、「卵子凍結事業は女性の社会的不妊を救うための緊急避難的措置」としているが、医療関係者からは歓迎されている。不妊治療に詳しい英ウィメンズクリニック院長の塩谷雅英氏が語る。
「卵子は35才を過ぎると急激に老化が始まります。これが妊娠のしづらさに直結するわけですが、30代前半で保存しておけば、将来的な妊娠に大きな可能性を残します」
不妊治療に臨む女性の体外受精による妊娠成功率は35才で16%、40才になると8%にまで下がる。しかも、現代医療では卵子の老化は克服できない。若い時の卵子保存が持つ意義は大きい。
実際、不妊治療中の女性に聞くと、
「住んでいる町で違うなんて不公平。浦安市民が心から羨ましい」(34才 都内在住)
「なぜこの動きが全国の市町村に広がらないのか」(35才 神奈川県在住)
といった羨望の声が相次いだ。しかし、夢のようなこの政策にもリスクはある。
「安易な高齢出産に繋がりかねない点です。ただでさえ晩婚化が進む現代日本にあって、“凍結してあるから出産は40才過ぎてもいいんだ”という女性が増えかねない。卵子の老化を抜きにしても、35才以上の高齢出産には、妊娠高血圧症候群などのリスクが高まるんです。卵子凍結の推奨が、結果的に出産年齢をさらに上げるような事態だけは避けたいものです」(前出・塩谷院長)
浦安市は今後も月1回のペースで、卵子凍結希望者へのセミナーを開く予定だという。
※女性セブン2015年12月10日号