大手電卓メーカーのカシオ計算機株式会社が9月30日、同社のフラッグシップモデルとなる高級電卓「S100」を発売した。実税価格が2万円代後半という、業界でも特異な製品だ。なぜいま高級電卓なのか、開発者に聞いた。(取材・文=フリーライター・神田憲行)
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ふだん読者のみなさんは電卓をどのくらいお使いだろうか。私自身はお金の計算処理はエクセルに任せ、出先でちょっと計算する必要が出てきたときはスマートフォンのアプリで事足りている。つまり電卓という「道具」を手にすることがほとんどない。
経理などプロが使うビジネス電卓の世界でも、主流は2000円から3000円までで、ビジネス用高級電卓でも7、8000円という。そこにいきなり1万円、2万円を超える「K点越え」の超高級品の登場である。なにがどう凄いのかは後述するとして、まずは企画者のカシオ計算機株式会社CES事業部第二開発室21商品企画室の大平啓喜さんに、開発趣旨を訊ねた。
「企画のスタートは2014年の春ごろでした。電卓の新しいニーズはどこにあるのか探していて、たとえば高級車販売の現場で使用される電卓が980円のプラスチック製でいいのだろうか、ということを思ったんです。安い電卓の表示窓に1000万円とか出ても、あまり説得力がない。TPOに合った電卓というニーズがあるとして、それに応えられる供給はない。『道具』としての電卓というより、『持つ喜び』としての電卓を思いついたのです」
興味深いのは、「高級」ではあっても「高機能」ではない、ということだ。たとえばネットにつながったり、スマホのアプリと連動したりするような「いまどき」の機能は全てそぎ落とした。
「風呂敷を広げればいろいろな機能が考えられたでしょう。でも電卓の本質はなにかということを突き詰めて考えて、そこを深掘りしていくことにしました」
電卓の外見は3つの象徴からなる。ボディ、表示窓、キーである。その3箇所に技術を集中した。
たとえばキーを支える構造は、パソコンのキーボード製作のノウハウを持つパソコンメーカーと共同製作して、キーの下にV字型の支えをつけてクリック感を増した。実際に私もS100と従来の電卓のキーを押し比べてすぐ感触の違いに気づいた。従来のモデルはたとえばキーの端を押すと、キーがグニャっとした感じで斜めに歪んで押し込まれていく。S100なら端を押してもそうはならず、まっすぐ沈下していく。
「たとえば大量に数字を入力していく経理のプロの方は、目は書類の数字だけを追って、電卓のキーはブラインドタッチで押して行かれます。そこでキーの端をタイプしてしまって感触が違うと、正しく入力できたか不安になられると思うんですね。S100ならちゃんとしたクリック感があるので、正しく入力できていることを指先にアンサーバックすることができるんです」
液晶表示も映り込みがない。普通の電卓なら角度を変えると入力していない部分にも数字の陰が見えるが、S100にはそれがない。
さらにボディはプラスチック樹脂ではなく切削アルミニウムを使用した。樹脂なら金型に流し込んで1台あたり秒単位で製造できるが、このボディは1台削り出すのに2時間かかるという。
「まず素材メーカーさんを探すところから始めました。そのへんのこだわりを話し出すと3時間くらいかかりますよ」というのでご遠慮したが、周囲を流れるようなラインが走り、まるでスポーツカーのような雰囲気をたたえている。