ビッグサイエンス──多額の予算と人員を投じて行なわれる大規模な科学プロジェクトをこう呼ぶ。有名なところでは、原爆を生み出した「マンハッタン計画」や、人間の遺伝子配列をすべて解析した「ヒトゲノム計画」がある。
今年は、ニュートリノに質量があることを発見した梶田隆章・東京大学宇宙線研究所所長がノーベル物理学賞を受賞したが、その測定に使われたスーパーカミオカンデは、日本が誇るビッグサイエンスの代表である。
ビッグサイエンスが担う分野の多くは基礎科学で、純粋に学術的な意味で行なわれている。ニュートリノに重さがあってもなくても、私たちの生活がすぐに変わるわけではない。しかし、それを知ることで人類の知性は前進する。
スーパーコンピュータの「京」が“2番”を目指した研究ではダメなのだ。世界一になる過程で新しい技術が生まれ、新しい科学者が成長する。ビッグサイエンスは、総合的な国力を反映するものであり、国の知性と教養のバロメーターだ。
経済産業省の2013年度の研究開発費の国際比較によれば、米国の約46兆円がトップで、続いて中国の約34兆円、3位の日本は18兆1000億円。数字だけ見れば日本は米中に大きく差をつけられているが、人口やGNP比で見れば遜色はない。むしろ、研究費が多いからといって必ずしも成果を生み出しているとは限らない。
たとえば2014年度の特許出願件数は、年間約6万件のアメリカに次いで日本は約4万2000件の2位。約2万5000件の中国や1万8000件余りのドイツを大きく引き離す。
具体的な研究分野に目を転じれば、フランスで実験炉が建設中の次世代発電技術「核融合炉」は、コアとなる超電導体を日本が開発。発電に必要となる核融合反応の制御技術や温度管理も日本の技術が世界を一歩リードする。
また、1524億円が投じられ茨城・東海村で完成した「大強度陽子加速器施設」は、物理から生物分野まで幅広い分野に応用され、基礎科学はもとより新素材や新型のコンピュータ素子の開発などにも利用されている。2017年に本格運用が始まる大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」は、物理学の謎だった重力の正体の解明という壮大な試みだ。
人類の進歩を左右する日本の科学技術と研究開発。巨大な科学設備の中では、今も世界を変える新発見の芽が育まれている。
文■川口友万(サイエンスライター) 撮影■太田真三
※週刊ポスト2015年12月25日号