医療の世界は日進月歩だ。医療経済ジャーナリストの室井一辰氏がいう。
「臨床研究から実用化、広く普及するまでのスピードは上がっている。今はまだ治療法が実用段階になくても、5年もあれば治るようになる病気は多いはずです」
エイズの治療は近年、飛躍的に進歩した。投薬治療の副作用は以前よりも減り、HIV感染者でも適切に薬を服用すればエイズを発症せずに一般人と変わらぬ生活を送れるようになった。「死の病」から「長く付き合う病」に変わりつつある。
11月に米国でHIVに感染していることを告白したハリウッドスターのチャーリー・シーンもその1人だ。
かつてのエイズのように「5年頑張れば、死なずに済む病気」は少なくない。例えば、国内で年間約7万2000人が命を落とす肺がん治療で注目を集める新薬が「免疫チェックポイント阻害薬」だ。
人体に備わっている免疫細胞は異物や細菌などを攻撃し、身体を病原体から守る。これまでの抗がん剤はその攻撃力を高めるものが主流だったが、一方でがん細胞側には、免疫細胞からの攻撃を弱める「PD-L1」というタンパク質が備わっていることが最近の研究で明らかになった。
要は抗がん剤で免疫の“アクセル”を踏んでもがん細胞側が同時に“ブレーキ”を踏む状態になっていた。慶応大学医学部先端医科学研究所所長の河上裕教授が解説する。
「このブレーキを破壊すれば、免疫細胞はがん細胞を効果的に攻撃できます。『免疫チェックポイント阻害薬』はブレーキ役の『PD-L1』を無効にするよう働きかけます」
米製薬会社「ブリストル・マイヤーズ スクイブ」の研究では、この新薬は肺がん患者の死亡リスクを既存の抗がん剤より4割も減らしたという。点滴投与のため、手術の難しい肺がんで特に効果が期待される。最も死亡者数の多いがんでもあるため、肺がんへの研究が優先的に行なわれている。
日本ではすでに世界に先駆けて「免疫チェックポイント阻害薬」の実用化が進んでいる。小野薬品工業が開発した「ニボルマブ(商品名・オプジーボ)」が「悪性黒色腫(メラノーマ、皮膚がんの一種)」の新規治療薬として承認された。
今後は「近い将来、肺がんでも適用される予定」(前出・河上教授)だという。
※週刊ポスト2016年1月1・8日号