毎回、書評委員が推薦する本を紹介する「この人に訊け!」。今回は、「『日本とは何か』『日本人とは何か』を考える2015年の1冊」をテーマに本を選んでもらった。
【書評】『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』藤田孝典・著/朝日新書/760円+税
【評者】嵐山光三郎(作家)
日本の高齢者の格差と貧困は深刻で、生活保護レベルの老人は推定600万~700万人もいる。こういった下流老人は、これからますます増えていく。
下流老人は(1)収入が少ない(2)十分な貯蓄がない(3)頼れる人間がいない、の三つの「ない」条件の高齢者をさす。65歳になった時点で、1カ月の生活費(二人)は平均で27万円かかる。年金が月21万円あっても、貯金が300万円ならば4年で底をついてしまう。
1000万円の貯金があっても病気や事故による医療費の支払いで、あっというまに金がなくなる。頼ることができる人間がいなくなれば、社会的に孤立して、多くのリスクが生じる。下流老人とはあらゆるセーフティネットを失った状態で、これは単に「かわいそう」とか「自己責任」ではなく、自助努力では克服できません。
貯金をしているから大丈夫だろうと思っているうちに下流へ落ちこんでいく。一流企業へ勤めていた人も公務員も、要介護の認知症となって、養護老人ホームには、空きがなくて入れない。
子供がワーキングプア(年収200万円以下)や引きこもりで親によりかかるケースもある。あるいはブラック企業に就職して、突然クビになる。長寿の親の介護でも貯金はたちまちなくなる。
熟年離婚による下流化も急激に増えつつあり、もはや日本の社会に中流はいなくなった。いるのは「ごくひと握りの富裕層」と「大多数の貧困層」である。多くの日本人は、ほぼ全員がゆるやかに貧困に足をふみいれていき、これは個人の努力や工夫で克服できることではなくなった。
制度疲労と無策が下流老人をふやしつづける。弱者切り捨ての社会システムとなり、国の借金は1000兆円を突破した。これにより、自然発生的に「老人の難民」が出てくる。私の周辺にも下流老人が出てきて、私にしたところで年金はなく、どうなるかわからない。自虐的な貧困観から脱却して、狼老人の野生をとり戻せるかどうか。
※週刊ポスト2016年1月1・8日号