毎回、書評委員が推薦する本を紹介する「この人に訊け!」。今回は、「『日本とは何か』『日本人とは何か』を考える2015年の1冊」をテーマに本を選んでもらった。
【書評】『「超」情報革命が日本経済再生の切り札になる』野口悠紀雄・著/ダイヤモンド社/1500円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
『「超」整理法』などの「超」シリーズで一世を風靡した著者も75歳、後期高齢者の仲間入りをしたのだが、切れ味はまったく鈍っていない。「このままでは日本経済は中国化する」というショッキングな警鐘は、私も薄々感じていただけに深く突き刺さった。
日本より一桁所得水準の低かった中国で、最近は日本人と変わらない賃金を獲得するホワイトカラーが増えている。一方で、バブル期にロックフェラーセンターやペブルビーチゴルフ場を買うほど破竹の勢いだった日本経済は、長期低迷が続き、所得水準でアメリカに大きく水を空けられている。つまり、日本はどんどん中国に向けて転落し続けているのだ。
その原因を著者は、産業構造に求めている。中国と同じことをやっていたら、中国と同じ賃金に落ちていく。そこで著者が注目するのが、アメリカで大きく伸びている専門的・技術的サービスだ。ITを活用する新しいビジネスが、米国経済の牽引車になっている。
Uberというタクシーの配車サービスやAirbnbという空室のシェアリングサービスを行う会社が、大きな企業価値を持つようになっている。ビットコインや人工知能も大きな発展可能性がある。だから、日本も規制緩和など、ITベンチャーが活躍できる環境整備を推し進めることで、中国化を防ぐべきだというのだ。
そうした観点から著者は、安倍政権の金融緩和・円安政策を痛烈に批判している。価格競争の消耗戦の先に未来はないというのだ。
その通りだと思うが、現実問題として日本の大部分の企業は国際的な価格競争のなかで生きている。3年前の超円高で、日の丸家電が致命傷を負ったのも事実だ。ただ、著者は円高を乗り切る生産性向上が必要だと主張しているのだ。
ただし、専門的・技術的サービスの担い手は、ごく一部の企業や労働者だけだ。だから、「超」情報革命は、日本経済を活性化すると同時に「超」格差社会をもたらす。それが、日本経済の一番あり得る未来なのかもしれない。
※週刊ポスト2016年1月1・8日号