2016年10月某日、シーズン最終戦の打席に3000本安打まで残り1となったイチローが入った。初球、甘く入ったスライダーを逃さずイチローのバットが一閃。「センター前ヒットならいつでも打てる」が口癖だったイチローらしく、ボールはラインドライブでセンター前に転がった。43歳で達成した大記録。満員のファンの大歓声に包まれたイチローは一塁上でヘルメットを取り、それに応えた──。
2015年10月7日、イチローはマイアミ・マーリンズと年俸200万ドル(約2億4000万円)の1年契約延長で合意した。
10年連続シーズン200本安打を記録したかつてのヒットメーカーは、年齢とともに成績が低下、2011年以降は打率3割、安打200本をクリアできず、衰えが否めない。そんな42歳の外野手と、マ軍が早々に契約更改したのには理由がある。
メジャー通算3000本安打まで残り65本、日米通算でピート・ローズの持つ最多安打記録4256本の更新まで残り44本と迫っている。2015年は91安打を放っていることもあり、2つの大記録達成は確実だ。
だが記録達成の日は冒頭のように秋まで訪れないだろう。理由はマ軍のイチローに対する考え方にある。
2015年も最終戦でイチローに投手をさせるなど、マ軍はどうも「イチローに話題を作らせて集客や注目に繋げようとしているフシがある」(在米スポーツジャーナリスト)。戦力的に2016年もプレーオフ出場が厳しいマ軍は、優勝争いから脱落するシーズン終盤での観客動員を保つため、序盤のイチローの出番を抑え「3000本安打」を後半に引っ張ろうとするからだ。さらに、後進が充実してきたことも彼の出場機会激減に拍車を掛ける。
「2015年のイチローは“4番手の外野手”という立場で、若手中心のチームの精神的支柱となることを期待されていた。その立場は2016年も変わらない」(同前)
イチロー自身が自分の置かれた立場を一番理解している。「スタントン(マ軍の正右翼手)やゴードン(同二塁手)は僕の兄弟だ」と公言するなど、かつて人を寄せ付けない雰囲気を身に纏っていたイチローにも心境の変化が起きている。
その後進の指導という新たな野球との関わり方を見いだした状況こそが、イチローにある決断を促す。大記録を節目とした「引退」である。
「ヤンキースのデレク・ジーターが2014年開幕前に引退を表明し、その年のヤ軍の観客動員は大幅に増えた。特に引退試合は超満員。引退を決めたイチローの大記録達成のかかったホーム最終試合となれば、空前の盛り上がりになる」(同前)
これもすべてマ軍の筋書き通りなのかもしれない。
※週刊ポスト2016年1月1・8日号