毎回、書評委員が推薦する本を紹介する「この人に訊け!」。今回は、「『日本とは何か』『日本人とは何か』を考える2015年の1冊」をテーマに本を選んでもらった。
【書評】『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』坂爪真吾・著/光文社新書/820円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
戦後日本の柱であった立憲主義が政権によって否定された2015年。書店には近隣諸国をこき下ろす本が、そしてネットや路上にはレイシズムがあふれている。安田浩一氏の『ヘイトスピーチ』(文春新書)はいまの日本の最悪の部分を生々しく伝える本、内田樹氏の『困難な成熟』(夜間飛行)はそんな社会を生きる迷える人々の相談にこたえる形で、いまどきの“日本の心”を浮き彫りにする。
しかし、「これがいまの日本人なのだ」と目からウロコを落としてくれるのが本書。坂爪氏は「不倫は起きるもの」という前提で、結婚生活を破壊しない「正しいポジティブ婚外セックス」の可能性をこれでもか、と提示してみせる。
最初は驚いたり苦笑したりしながら読んでいても、この婚外セックスがオリジナルの夫婦にとって「本人が精神的・社会的に成長し、その成長が2人の関係をさらに豊かにすることにつながる」といった記述に何度か出くわし、読者は気づかざるをえない。
つまり多くの人たちは、適当に不倫をしたり性風俗を利用したりしているように見えて、実はセックスにまじめに向き合っているわけではないのだ。そしてそういう人たちは配偶者との結婚生活にはもちろん、自分自身や人生にも真剣に取り組むこともできていない。
もちろん、他者や社会に対しても同じだろう。ただし、著者は「女性は配偶者とのコミュニケーションやセックスを改善・深化させること」を目指す傾向がある、と指摘。しかし、そんな妻の真剣さを夫は「萎えるだけ」と受け止めようとしない。そういう意味で本書は、婚外セックスというひとつのイシューを通して、日本人に生き方を問う挑戦的な一冊なのである。
真剣に生きておらず、たまらなく未成熟、ときどき動き出したと思えばヘイトスピーチや不倫などロクなことをしない。テレビをつければ日本バンザイのような番組ばかりが目につくが、そこに暮らす日本人の実態はかなり情けない。新しい年、何かひとつでも本気で取り組んでみてはいかがか。
※週刊ポスト2016年1月1・8日号