【書評】『三島由紀夫が 生きた時代 楯の会と森田必勝』村田春樹著/青林堂/1400円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
エンタメ小説『命売ります』(ちくま文庫)がバカ売れしているという。三島由紀夫はいまだに生きている。その不死身な生命力は驚くべきであり、三島のあの哄笑が聞こえてくるようだ。
「楯の会」最年少会員だった村田春樹の『三島由紀夫が生きた時代』には、行動家として「死」を選んだ三島の遺志が生きて蠢いている。本書からは、三島の檄文と市ヶ谷の自衛隊バルコニーからの絶叫が耳に谺(こだま)してくるようだ。
村田はごく普通の早大生だった。ナンパなノンポリで、ビートルズとストーンズが好きな長髪族。それが学内のタテカンで人生が変わる。「三島由紀夫と自衛隊に行こう!」。電話をすると応対したのは、「学生服で角刈りの童顔の青年」だった。三島と共に自決する楯の会学生長・森田必勝である。
三島の本は読んだことはなかった。愛読書は大江健三郎。入会面接で三島に向かって「三島先生が最も嫌いな作家」の名を挙げてしまう。三島はあきれ顔だったが、森田の推薦が効いて合格する。かくして「楯の会随一のヘタレ、怯懦、弱卒」が誕生する。蹶起の日までは、十か月弱しかない。
三島先生は本気だ、自分は腹を切れない。村田は退会を申し出る。森田は「俺だっていざとなったら小便ちびって逃げるかも知れない」とヘタレを優しく説得する。蹶起直後に、村田はその言葉を思い出す。「森田さんは私を含め楯の会残余会員を代表して蹶起し、身代わりに逝ったのだ」。半世紀近く、ずっと何度でも思い出すのがあの言葉だった。
生保会社を定年退職して数年がたち、元楯の会という経歴をやっと告白できるようになって、この本は書かれた。フツー度が高かった一兵卒から見た一九七〇年は、特異でもあり、ありふれてもいる。森田必勝は布施明になりきって歌う青年でもあった。そんなエピソードと後日譚が飾らない筆で書かれていて、興味は尽きない。
村田は息子を自衛隊に入れた。自衛隊の現実を知るにつけ、村田の自衛隊への違和感は膨らむ。
※週刊ポスト2016年1月15・22日号