プロ野球選手といえば、今でも小学生が憧れる仕事で必ず上位に上がる花形職業だが、キャリアを終えた選手たちは、ごく一部の大スターを除き、第2の人生を歩まねばならない。1人の男を追った。(文中敬称略)
プロ野球選手のセカンドキャリアといえば飲食業が定番という印象がある。かつて巨人の中継ぎエースだった條辺剛(34)も、その一人。現在、埼玉・上福岡で『讃岐うどん條辺』を経営する。
「引退後、ジャイアンツの先輩の水野(雄仁)さんに声を掛けてもらったのがきっかけです。水野さんの知り合いの店で働かせてもらったら、想像以上にうどん作りが面白かった。その後、香川県の店で修業し、2008年に独立しました」
條辺は2003年に肩を故障。その怪我が原因となり24歳で引退した。この早すぎる引退は再出発する上では功を奏したという。
「修業先の社長には『24歳だから、頭を下げられるんだ。良かったな』といわれました。早い引退は野球選手としては残念ですけど、おかげで人に頭を下げることに変な抵抗感はなかったですね」
うどん作りの魅力は「一からすべて自分でやる」点にあるという。
「粉の選定はもちろん、その日の天候によって粉に混ぜる塩水の分量や濃度を変えるのも自分の判断。そうやって打ったうどんを自分で調理してお客様に提供する。投手でいえば先発完投ですね」
店には遠く北海道からやって来る巨人ファンもいるという。「引退後のほうがジャイアンツはファンに愛されていた球団だったと実感します」と語る條辺。プロ野球時代とは違い、客の反応をダイレクトに感じられる。すべて食べきったお客さんから「美味しかった」といってもらえた瞬間に、最高の喜びを感じるという。
取材・文■田中周治 撮影■藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年1月29日号