山本昌、高橋由伸、和田一浩、小笠原道大など、2015年は大物プロ野球選手の引退が相次いだ。彼らのように一時代を築いたスター選手ならば、その後の身の振り方に悩むことはなさそうだが、球界を去る多くの選手は、野球とは無縁の世界で第2の人生を歩まねばならない。1人の男を追った。(文中敬称略)
日本ハム、巨人でプレーした中村隼人(40)は、新宿・歌舞伎町にある立ち食い焼肉店『治郎丸』本店の店長だ。肉を一切れからオーダーできる「おひとりさま」対応のスタイルが受けている。
「焼肉は現役時代に半端なく食べましたから。どういう肉が旨いかは見ればわかる。お客様にこの肉はどこの部位だと説明しながら提供するのは楽しいですよ」
「肩三角、国産和牛、A4、290円」「肩芯、仙台牛、A5、300円」と日替わりで細かくメニューを表示し、最安はノドブエなどのホルモンが300円だという同店は午前11時からオープン。中村は、夜の8時から9時ごろに出勤して、閉店時間の翌朝5時まで働く。休みは1日もない。
「この店は社会人野球時代の友人の会社が経営しているんです。その前は居酒屋に勤めていて、その支店を故郷の長崎に作るつもりだった。でも、2020年の東京五輪が決まったでしょ? 生で体感したいから、それまでは東京にいようと」
今を楽しく生きようというノリは、現役時代から変わらない。そんな中村の夢は、いつか長崎に戻り高校野球の監督になることだ。
「それには学生野球資格回復のための研修を受講しなければいけない。でも、仕事をこなすのに必死で、気づいたら講習会申し込みの締め切りが過ぎていて……。今年こそは受講したいですね」
取材・文■田中周治 撮影■藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年1月29日号