球団から戦力外通告を受けた選手を追ったドキュメンタリー番組『プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達』(TBS系)は、初回放送以来10年以上番組が続く人気コンテンツとなっている。同番組に出た選手の中には、台湾や韓国、日本の独立リーグなどに進み、まだまだ野球に賭ける選手も少なくない。しかし、実際には多くの選手は別の世界に進む。第2の人生を力強く生きる1人の男を追った。(文中敬称略)
1990年ドラフト1位で大洋(当時)に入団した水尾嘉孝(47)は現在、東京・自由が丘にあるイタリアンレストラン『トラットリア・ジョカトーレ』のオーナーシェフだ。料理経験はほとんどなかったが、37歳で引退した後すぐに料理学校に入学。一人前になるまで10年はかかるといわれるプロ料理人の道を選ぶことに躊躇はなかった。
「10年後には一人前になれると前向きに捉えていました。他の生徒に比べれば、年齢が上の分、経験も必死さもある。頑張ればその10年が5年、3年になるんじゃないか。そう考えていました」
大洋では怪我に泣かされ芽が出なかったが、1995年のオリックス移籍後、中継ぎとして花開いた。そこには大きな意識改革があった。
「漫然と、ただ自分の感覚で投げるだけのスタイルから脱却できたのが大きかった。打者を抑えるために大切なことは何か、それをとことん考え抜いたんです。すると、ブルペンでの準備や調整法も変わっていく。その積み重ねが結果につながった」
本質を見抜き、そこにコミットする思考法は、セカンドキャリアでも生かされている。素材の個性を生かしたあっさり味のメニューは、年配客の多い地元住民を意識してのもの。現役時代は貴重な中継ぎ左腕として鳴らしたが、料理修行時代は右手でも包丁を使えるように訓練し、今は二刀流のイタリアンシェフだ。グルメ激戦区の自由が丘で、隠れ家的な店としてリピーターも数多い。
取材・文■田中周治 撮影■藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年1月29日号