中国の覇権主義は止まるところを知らない。その脅威はすでに日本を覆いはじめている。軍学者の兵頭二十八氏は、オーストラリアが中国への抑止・防衛戦略の拠点になると説く。
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近隣国内にある諸設備を精確に打撃し損傷させ得る弾道ミサイルが普及した結果、今日では、精巧な兵器を製造したり修理する工場も平時から「疎開・分散」させておく用心が求められる。
射程が1000kmから3000kmの弾道弾によって、500kgから700kgの炸薬を敵国の都市に落下させても、統計的に、1発で5人以上の殺害を期待し得ない。それは国家間の戦争の帰趨にほとんど影響しない。
ところが同じ弾道弾を、精緻な部品を扱う最先端兵器工場に1発着弾させれば、操業を何日か妨害し得る。間欠的にそれが繰り返されれば、その工場は戦争のあいだじゅう、機能できないことになるのだ。
北太平洋における次世代戦闘機F-35の整備拠点工場(地上2階建て)は愛知県の空自小牧基地に隣接して置かれることが決まっているけれども、中共のミサイル拠点である吉林省通化市から小牧市までは約1200km。中共軍が南シナ海や東シナ海で侵略を開始してから目的を達成するまで、準中距離弾道弾によってこの工場の機能を止めようと思えば、それは簡単だ。
同様の危惧は、神戸港の西岸に南北に並んで所在するわが国の2大潜水艦造船所(三菱重工業と川崎重工業)についても言えよう(通化市からだと約1000km)。
ところでオーストラリア大陸は中共本土からはずいぶん離れている。豪州南東部までだと7500㎞以上。ロシア西部からニューヨーク市までよりも遠い。そのため、中共軍が非核手段で豪州南部を打撃しようと思ったら、ICBM(大陸間弾道ミサイル)に1t弱の通常弾頭を付けて発射するしかない。
豪州所在の軍需工場は土地をゆったり使った疎散なもの(たとえば陸自が要人護送用の装甲車を買うと決めたフランス系メーカーの工場はメルボルン市北方の廃金鉱の跡地に建っている)だから、その打撃効果はミサイルの値段にほとんど見合わない。射てば射つほど中共軍の資産が減損するだけだ。