【書評】『NHKはなぜ反知性主義に乗っ取られたのか 法・ルール・規範なきガバナンスに支配される日本』上村達男/東洋経済新報社/1500円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
籾井会長の名前をメディアで見ない週はなく、看板番組『クローズアップ現代』の打ち切りなどさまざまなウワサが囁かれるが、本書はNHK経営委員会委員長代行を務めた法学者がやむにやまれず告白した“NHKの惨状”である。
まず驚かされるのが、NHKほどの巨大組織でありながら、決定機関は「経営委員会」、業務の執行を担うのは会長ただ一人だけ、と権力が一極に集中しやすい構造を持っているということだ。
著者は「これだけ公共性の高い組織が、しっかりしたガバナンスシステムによる手続き的正義によって担保されず、一歩間違えると独裁もあり得てしまうような構造になっていることは非常に問題」と述べているが、逆にこれまで決定的な問題もなくよく運営してこれたものだ、と感心する。ちなみに会長も経営委員も国会の同意人事である。
今回、さまざまな問題が表面化した大きな理由のひとつが、籾井会長の人間性にあったことを著者はズバリ指摘。「人の話を聞けない」「人の言うことが理解できない」「何でも敵味方に分類」「恣意的で専横な人事」と批判はとどまるところを知らないが、「根は悪い人ではありません」とも言う。「しかし、NHK会長だけはだめです」。
本書の後半は、籾井氏のような人物を「グローバル人材」として会長に選任してしまった背景には、いまの日本社会の反知性主義があるという主張に基づいた社会論が展開される。そのあたりはやや話が多岐にわたりすぎるきらいもあるが、前半の具体的な話に奥行きを与えていることはたしかだ。
本書は安保法案が紛糾し安倍内閣の支持率が低下しつつある時期に書かれたようで、このまま籾井会長を擁護し続けると、「安倍内閣の姿勢に関する象徴的な問題」になり、安倍首相にとっても致命傷になる可能性を指摘している。
ところが、現実はそうはならず、内閣も籾井体制も安定、それどころか政治のメディア介入もあからさまになりつつある。著者のまさに身を賭しての訴えがムダにならないことを祈るばかりである。
※週刊ポスト2016年1月29日号