1月16日、台湾の総統選挙で、最大野党・民進党の蔡英文主席(59)が勝利し、8年ぶりの政権交代を実現させた。この初の女性総統誕生の舞台裏に、ジャーナリスト・門田隆将氏が迫った。
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同じ人間がこれほど「変わる」ものなのか。私は、総統選挙「投開票」前夜の1月15日、台北の中心部・総統府前にいた。雨が降りつづく中、数万人の支持者たちの大集会に現われた蔡英文女史を見て、信じられない思いがした。
4年前の同じ投開票前夜に新北市・板橋(ばんきょう)の総合競技場でおこなわれた大集会を思い出したのだ。
あの時、2期目を目指す国民党の馬英九氏に対して、劣勢を伝えられていた蔡女史は、どこか頼りなげで、自信など微塵も感じられなかった。
それがどうだろう。4年後のこの日、打ってかわって自信に満ち溢れた態度と姿は、とても「同じ人物」とは思えなかった。
「ついに、私たちはここまでやって来ました」
蔡女史は、降りしきる雨の中、そう語り始めた。
「つい先ほど、私たちは板橋にいました。4年前、総統選敗北という結果を受け入れた場所です。その板橋から出発して、私たちはこの選挙活動の終点にやって来ました」
一語一語、噛みしめるように彼女はそう言った。私が思い出した4年前の最後の大集会のことが蔡女史の脳裡にも焼きついていたようだ。
「私のうしろには総統府があります。総統府まで、距離はわずか数百メートルです。この8年、ここで色々なことが起こりました。しかし人々の声がどんなに大きくとも、総統府には届きませんでした。政府には能力も、心も、感情もなく、人々の痛みや苦しみに無感覚だったのです」
一昨年3月、中台間の「サービス貿易協定」問題に端を発した“ひまわり学生運動”で、3週間にわたって学生たちが立法院の議場を占拠した。10万とも20万とも言われる市民が通りを埋め尽くし、学生たちを支援した。蔡女史は、まさにその地を最後の訴えの場に選んだのだ。
「私たちは今回の選挙で誰かに勝とうとしているのではありません。私たちが打ち勝たなければならないのは、この国の苦境なのです」
蔡女史がそう言うと、支持者たちから感動の声が上がった。
群衆は、彼女が防弾チョッキを着ていることを知っている。国民党の朱立倫候補(54)に支持率で圧倒的な差をつけている彼女には、“狙撃”の危険性が囁かれていた。
不測の事態が起これば、総統選は「無効」となる。マスコミは、彼女が数日前から防弾チョッキを着用していることを報じていた。当初からの防弾ガラス付きの選挙カーに加え、最後は防弾チョッキ着用まで警備サイドから要請されたのである。ステージの目の前にいる支持者に向かって、彼女はこう言う。
「4年前の旗をずっと持っていてくれてありがとう。4年前に私が言ったことを信じてくれていてありがとう。私は必ず戻ってくる、という約束を守りました。今、ここにいるのは、(4年前より)強くなった蔡英文です。私はより多くの台湾人と一緒に戻ってきました。私は台湾の人々を未来へ、新しい時代へと導いていきます!」
女史がそう叫ぶと、雨をものともせず集まった支持者たちから、「ドンスワン! ドンスワン!」という、台湾語で「当選」を表わす言葉が迸った。雨合羽と傘で埋め尽くされた会場で、無数の幟や小旗が打ち振られていた。
巨大なオーロラビジョンが、にっこりと支持者たちに微笑みかける彼女のアップを映し出す。
(これが“一国”を率いるリーダーの自信なのか……)
雨が大粒となってくる中、支持者たちの熱狂に、私は圧倒された。