困った時に最も頼りになるのは親兄弟や親戚などの身内だが、その一方で身内からトラブルが発生することも少なくない。幼少期に父が死亡したところ、叔父から財産放棄のサインを求められた場合、そのサインは今でも有効なのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
私が10歳のとき、別れた父が急死。その際、叔父が財産放棄の書面を見せ、サインするように強要し、仕方なく同意しました。あれから20年、新たに父が所有していた土地を公共事業で国が買い上げることになり、いくばくかのお金が発生することに。20年前の財産放棄は、今でも効力があるのでしょうか。
【回答】
幼くて自分の行為の結果、権利義務が発生したり、変更されることが理解できない場合は、意思能力がないことになります。契約などの法的効果をもつ行為(法律行為)を意思能力がない子供がした場合、その行為は無効です。意思能力があっても、未成年者は制限行為能力者として、法律行為をするには、法定代理人の同意が必要です。
法定代理人とは、親権者や裁判所で選任された未成年後見人のことです。法定代理人の同意がない行為は原則取り消せます。取り消すと、最初からなかったことになります。しかし、この取消権は、成人して取り消せるようになってから5年で時効になります。取り消せる法律行為のことを知らなくても、5年で時効です。
ご質問の場合、この時効になっているので、財産放棄文にサインした当時、意思能力があれば取り消せません。意思能力の有無の限界年齢は人様々であり、また、対象となる行為によって違います。
利益を与える法律行為であれば理解もしやすいので、比較的低年齢でも意思能力が認められることもありますが、不利な場合は同じ子供でも判断ができず、意思無能力者と解することもありえます。10歳くらいだと、その限界だと思います。
ですが、「財産放棄文」の無効・取消にかかわらず、そもそも何らかの法的効果がある文書なのか疑問です。相続放棄の関係文書であれば、あなたのサインは不要ですが、未成年者の相続放棄の可否は家庭裁判所が慎重に判断します。
不動産が父名義で叔父名義になっていないことからは、そうした文書でもなかったようです。相続人として国と交渉しても問題ないでしょう。叔父さんが財産放棄文を示して異議を主張するのなら、弁護士会が運営している法律相談所などに持参し、意見を聞いてください。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年2月5日号