「貯蓄から投資へ」を標榜するアベノミクスの中で、「消費や投資をしない者が不景気を招いている」という〈貯蓄悪玉論〉が広がっている。だが、そうした空気に断固として抗う「老後貯金族」がいる。総務省の最新の全国消費実態調査(2014年)によると、個人預金の5割超を占める60歳以上の高齢者世帯の平均預金額は1351万円。前回調査時(2009年)から約7万円増えている。
銀行に預けても利息は雀の涙にもならない。一方、株式や不動産投資なら年に数%の利殖は現実的な希望になる。それでも投資を拒む本音はどこにあるのか。
「“投資しないヤツはバカだ”と言われるけど、そんなことは百も承知。我々だってバブル時代の投資ブームを経験して、株の旨みも一通り経験してきているんだから。要は投資するリスクと投資しないリスクを天秤にかけて、後者を選んでいるということです。
かつては優良投資先とされた東芝や三井不動産などの企業が不祥事で軒並み株価が暴落している。何を信じていいのか分からないのだから、手を出す気にはなりません」(首都圏在住・70歳男性)
不動産投資も、資金面のハードルが立ちはだかる。
「資産価値の高い都心の一等地のマンションを買えれば転売や家賃収入で儲かるとは思うけれど、元手は数千万単位で必要になる。貯金を全部吐き出すリスクは負えない」(神奈川県在住・70代男性)
そして「老後貯金族」の怒りは、資金の預け先である銀行に向けられている。関東在住の60代男性が言う。
「高齢者がカネを使わないことが悪いかのように言われているけれど、別にタンスに貯め込んでいるわけじゃない。俺たちのカネで銀行がちゃんと投資すればいい話で、預ける俺たちが文句を言われる筋合いじゃない。銀行が安全な国債ばかりを買っているんだから、素人の我々にリスクのある投資しろと言われたって素直に受け止められるはずがない。
定期預金の金利を上げてくれとは言わないけれど、せめて経済のポンプ役くらいは果たしてほしい」
現在、民間銀行と日銀の国債保有率は6割近くに達する。元銀行員で和光大学名誉教授の三宅輝幸氏が言う。
「株式などの運用比率は増えているものの、融資額は停滞が続き、依然としてメインの運用は国債です。日銀が金融緩和をしても、国債を買うだけでは資金が外部に流れず、日銀と金融機関で回し合っているだけになり、経済の循環には寄与しない。個人金融資産の滞留を批判する前に、それらのお金が集まる金融機関の姿勢の変化が求められる」
※週刊ポスト2016年2月12日号