2016年1月16日の歴史的な政権交代を、ノンフィクション作家・門田隆将氏は現地・台湾でつぶさに取材した。蔡英文氏による新たな民進党政権は、中国による「台湾併呑」を阻止するための土俵際の政権となる。門田氏が綴る。
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“世界一の親日国”台湾が、新たな一歩を踏み出した。それは、自らの生存を賭けた、嵐が待つ“大海”への船出でもある。
2016年1月16日夜、私は、歴史的な選挙が終わったばかりの台北市北平東路の民進党本部前の群衆の中にいた。
「おめでとう! 有難う!」
「頑張って!」
それは歓声というより絶叫といった方が正確だろう。私のまわりには喉を枯らした台湾人たちが、当選した民進党の蔡英文女史(59)に、必死で声援を送っていた。国民党・朱立倫候補に300万票以上の大差をつけ、蔡女史が「689万票」を獲得するという予想を遥かに超えた圧勝は、世界を驚かせた。さらに立法院選挙では、民進党が40議席から68議席に大躍進し、過半数を11議席も上まわる安定多数を獲得したのである。
それは、わずか2か月前にシンガポールでおこなわれた台湾の馬英九総統と中国の習近平国家主席との「中台トップ会談」で合意した“ひとつの中国”への猛烈な反対の意思であることは明らかだった。
民進党の歴史に残る圧勝には、「台湾はこれからも台湾であり続ける」という、台湾人の強烈な決意が表われていたと言っていいだろう。
台湾に関する著作がいくつかある私は、総統選のたびに取材のため訪台する。投票日当日、投票を終えたばかりの有権者に、出口調査も兼ねて、率直な意見を聞くことにしているのだ。今回もそうだった。
だが、私は前回(2012年)とのあまりの違いに、これほどの「変化」が生まれた理由を考えざるを得なかった。
前回の総統選は、現職の国民党・馬英九氏と民進党の蔡英文女史との事実上の一騎打ちだった。その時、投票を終えて出てきた多くの有権者の口から出てきたのは、「経済」と「安定」、そして蔡英文候補に対する「不安」だった。
台湾経済は次第に中国への傾斜を強め、馬政権一期目に、中国に進出した台湾企業で働く台湾人ビジネスマンは、すでに100万人を突破していた。仮に「台湾の主権確立」を目指す民進党が政権を取れば、急速に進む中国との経済関係が一挙に冷え込む恐れがあった。台湾の株式暴落を懸念し、有権者は、「経済面を考えて、やはり馬さんに投票しました」と答えてくれたものだ。
もともと台北は外省人(大戦後、蒋介石と共に大陸から台湾に渡ってきた人たち)が多く住む国民党の牙城だ。それを差し引いても、「経済優先」の投票行動は、国民党の力がいかに盤石かを物語っていた。しかし、今回はまるで違っていた。逆に、
「台湾人は台湾人です」
「このままでは、台湾は中国に呑み込まれてしまいます」
そんな不安を口にする有権者が多かった。それはなぜだろうか。