【書評】『北園克衛モダン小説集 白昼のスカイスクレエパア』北園克衛/幻戯書房/3700円+税
【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)
コントと短篇が35編。すべて一九三〇年代に発表された。作者は昭和初年に活躍したモダニズム詩人。根強い私小説の伝統と、産ぶ声をあげたばかりのプロレタリア文学のはざまに、こんなにシャレた、モダンを煮つめたような文学がひっそりと息づいていた。
「夏のある晩、僕とリミコは一本の感情の線の上を歩いていた」
東京湾の微風が涼しい夏の銀座の夜。水着のマヌカンの並ぶショーウィンドウ。すべてが「出来たてのポエム」のように新鮮に光っている。「言って御覧なさいよ。あなたがどんなビジネスを持っているのかをさ」
タイトルは「背中の街」。回送電車が目の前を通っていく。乗っているのは運転手ひとりで車内はカラッポ。つり革が同じ方向にゆれている――つまり、どれもそんなようなものがたり。
奇妙な味の、とても楽しい小説集だ。意味と無意味のあいだ、虚実に遊ぶことを存分にこころえたオトナの知的な戯作。それにしてもなんと博識で、なんと語り上手であることだろう! 語りの自在さと、連想の自由さのせいで、つい見落としがちになるのだが、ここには時代の先端にあたる一つの状態が、定規をあてたように正確に書きとめてある。
空には「ダイヤモンドの星」のような非常なスピードの飛行機、街には「カスタネットのような音」をたてて笑う女。「天国から、こっそり脱け出して来たのではないかしら?」そんな少女が細い指先に巻煙草をはさんでいる。汗くさい日常をはなれて、意味をこえた先の何かをくっきりとつたえるには、よほどの力が必要だ。
八十年以上も前の創作集なのに、少しも古びていない。ごく短いコントにも砕けちったユートピアの面影がある。人生のほんの一瞬の幻が意味深くとらえてある。人生において意味のあるのは、ほんの一瞬であるからだ。ついでながら「スカイスクレエパア」は超高層ビル。モダニズムが特上のエスプリでとらえた風景は、いまや俗悪な東京の都心に実現している。
※週刊ポスト2016年2月19日号