視聴率2パーセントのドラマの中にも光るものはある。それらをどう見極めるかがドラマウォッチャーの楽しみでもある。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
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高視聴率、旬の役者、ユニークな仕掛け。ドラマを記事にとりあげる条件は、いろいろあるだろう。しかし、そんな条件があろうがなかろうが、どうしても触れておかなくてはいけないドラマというものが生まれる時がある。
スリルな予感は第1回目から漂っていた。そして先週土曜日の5回目を見ていた時。画面から風圧のようなものを感じて、びっくりしてのけぞった。鳥肌が立った。
『逃げる女』(NHK土曜22時)で美緒という役を演じる仲里依紗。その演技が、「演技」という枠をぶっ壊して画面からはみ出してきたのだ。
手足を振り回し、エネルギーを炸裂させ、顔を紅潮させ、叫ぶ。叩く。銀色に染めた髪で吠える姿は、まるで街のオオカミ? 視聴者の部屋まで届いてくるような、暴力的な空気振動。ドラマの中でこれほど身体の力を感じさせた女優がいただろうか?
『逃げる女』は、視聴率2%台と数字から見れば話題にもならないドラマ。しかしそんな現実と作品の質や価値とはまったく関係ない。
役者、脚本、演出。その三本柱から見て、日本のドラマ史上に新たなページを書き加える力を持った作品がいよいよ登場したと実感させてくれる。
脚本はベテラン・鎌田敏夫氏のオリジナル。えん罪で刑務所に8年入っていた西脇梨江子(水野美紀)が出所し、自分を裏切った親友・あずみ(田畑智子)を探しに旅に出る。
途上で見知らぬ奇妙な女・美緒(仲里依紗)と出会い、景色も人間関係も刻々と変化していく。そんな「ロードムービードラマ」だ。
この脚本家は、凡庸な謎解きに興味がない。「事件」はあくまで「人間の孤独」を描き出すための素材であり、ドラマ作りの道具にすぎないらしい。
「社会にじわーっと漂う不安を描きたいです。不安という決して楽しくないものを、エンターテインメントとして人を楽しませながら描くのは離れ業。刑事モノや医者モノのドラマがやたらと多くなったのは、楽しませながら不安を描く一番簡単な道だからだと思います。それ以外の方法で、不安という時代の産物を描いていく方法がないか、いま、模索しているところです」(日本経済新聞2015年1月1日)
鎌田氏は昨年のインタビューでそう語っていた。不安という時代の産物を描く「方法」が結実した。それがまさにこのドラマなのだ。
梨江子を演じる水野美紀は、まるでこのドラマのために体を鍛えてきたのかと思いたくなるくらい、走る。誰かを追いかけて走る。逃げるように走る。
キレたアスリートのような体から、孤独と高慢、頼りなさとかたくなさ、強さと弱さといった両極端が滲み出てくるから面白い。
その利江子にウソの自供をさせてしまった刑事・佐久間(遠藤憲一)もまた、痛みを抱えながら後を追って走る。佐久間のトツトツとした語りが、脚本の中に込められた「孤独」を伝える。言葉は静かに響きわたり、心に染みる。
「人は、それぞれ違うルールで生きている、ということをつい忘れてしまう。人を信じるというのは、相手が自分と同じルールで生きていることを期待する、空しい希望なのかもしれない……」と、エンケンの低音が響く。ぶっきらぼうなナレーションによっていっそう、孤独は際立ち深まっていく。