昨秋発売の『ミシュランガイド京都・大阪2016』を読むグルメたちの目が一瞬止まった。わずか11か月前、2014年12月に開店したばかりの江戸前の寿司店が掲載されていたからだ。JR大阪環状線福島駅から徒歩3分。狭い路地の一角にある『鮨 千陽(ちはる)』は、“奇跡の寿司店”と呼ばれるようになった──。
同店が選ばれたのは、旨くて安いコストパフォーマンスの高い店、「ビブグルマン」部門。メニューは先付にお造り、握り9貫で3500円のコースのみと確かに財布にも優しいが、一品ずつに手が込んでいる。湯引きしたマグロは柵ごと醤油漬けし、柔らかく茹でたホタテは炙ってタレがかけられる。
ミシュランでは、「握りは基本に忠実だ。シャリは旬のネタによって塩梅を変える」と評された。
わずか15坪の店を切り盛りする職人は4人。いずれも現場での実践力を身につける調理師学校「飲食人大学」の「寿司マイスター専科」で3か月学んだ卒業生で、修業経験1年未満での快挙達成となった。動物園で猿回しをした後、携帯ショップで営業をしていた輸本貴文副店長は、この道に入るまで一度も包丁を握ったことがなかったという。
「飲食人大学で基礎を叩き込まれましたが、それだけでは追いつけません。学校に通いながら、アルバイトで接客を学びました」(輸本副店長)
接客業をしていたという豊島和恵さんや、海外で学生時代を過ごし、帰国後は英語講師をしていた泉水美佳さんも、自宅で魚をさばく練習を欠かさない。
「うちは新米の店ですから、安易に高い値段設定にして儲けるのではなく、リピーターのお客様を増やしていくことを最優先に考えて店を切り盛りしています」(土田秀信店長)
一流になるのに10年はかかるといわれている寿司の職人。そんな常識を見事に覆した若き職人たちの挑戦は続く──。
■撮影/岩本朗 ■取材・文/渡部美也
※週刊ポスト2016年2月26日号