「いろんなことを手取り足取り教えてもらったよ。首の動かし方、舞台での立ち位置、芝居のすべて。酒を飲みながらの時もあったし、本番の舞台の上でもあった。
最初の頃はこっちも新劇出身だから『僕の気持は~』とか言うんだ。すると先生は『君の気持ちはどうでもいい。お客さんは君じゃなくて役を観に来ている。だから君の気持ちじゃなくて役の気持ちでやってよ』って。
それから『役の気持ちになるっていうのもおかしいことなんだ』とも言っていた。『役の気持ちじゃない。客の気持ちになるんだ』と。
『次に泣かないといけないのに、自分の役がそこまで感情が盛り上がらないで溜めていたら、客が先に泣いちゃうよ。それからお前が泣いたって、くだらないよ。客が泣きたい所でお前も泣く。そうすると客と舞台が一致して盛り上がるんだ』とも言っていた。喜劇の人だから、客の反応には物凄く敏感だったね。笑わすのは難しいから。
しかも毎回やっても客によって反応は違う。ある芝居で俺がギャグを言う場面で、ウケる時と全くウケない時があった。凄くウケた後で先生は『これをちゃんとインプットしておくんだよ。この間と音と客の反応を。だからといって、同じことを次の日にやってもダメだよ。その日その日の客の反応を一つずつ自分の中にインプットする。そうでないと喜劇はできない』と。その蓄積があるから、先生は客をいつも弾けさせられたんだろうね」
※週刊ポスト2016年2月26日号