【書評】『東大駒場寮物語』松本博文著/KADOKAWA/本体1800円+税
松本博文(まつもと・ひろふみ) 1973年山口県生まれ。ルポライター、将棋観戦記者。東京大学法学部卒業。著書に『ルポ 電王戦 人間vs.コンピュータの真実』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ』(角川新書)。
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
本書は、かつて東京大学駒場キャンパスに存在した学生寮「駒場寮」で繰り広げられた青春物語と廃寮に至る歴史を辿ったノンフィクション。著者は寮生の自治組織の委員長だった人物だ。
寮のルーツは戦前の旧制一高の寄宿舎で、周囲は緑深く、時の経過とともに壁に蔦が這い、いつしか「廃墟」「廃屋」「九龍城」「スラム」「迷宮」……果ては「ゴミ屋敷」などと呼ばれた。
〈駒場寮で畑正憲が飼っていた犬を、亀井静香が殺して、駒場祭で焼き犬にして売った〉という「焼き犬事件」など、いくつもの寮伝説が残る(畑と亀井は同時期の寮生で、亀井のイメージを考えるといかにもありそうな話だ)。
「ストーム」を行って騒ぎ、部屋の窓から小便を降らせる「寮雨」の習慣もあった。そうしたバンカラな文化の一方、60年安保では寮生がまとまって反対運動に駆けつけたように急進的な学生の拠点という面もあった。
1990年代に入り、大学は駒場寮の廃寮を計画する。裁判を経て2001年に明け渡しの強制執行が行われるのだが、廃寮計画が持ち上がった当初の大学の措置は極めて強引。まだ住人がいる部屋でもドアに木材を打ちつけて使えないようにし、ガラスを割り、ガスも水道も止め、パワーショベルで建物の一部を壊した……。まるでそのスジの地上げ屋ではないか。
今、寮のあった場所には生協などが入る「駒場コミュニケーション・プラザ」という、いかにもな名前の、白いコンクリートとガラス張りのモダンな建物が建つ。駅前の再開発によって闇市時代からの建物が一掃されるのと同じように、廃寮によって失われたものは何なのか……。そのことをあらためて考えさせる一冊である。
※SAPIO2016年3月号