北海道帯広、氷点下16度。凍てつく早朝6時。日の出前の朝靄の中、白い息を吐きながら巨体の馬たちが騎手に曳かれて調教に向かう。こうして真冬のばんえい競馬の1日が始まる──。
「鞭くれてやれッ!」
午後1時、朝の静けさとは一転、第1レースが始まると帯広競馬場は歓声に包まれる。それは、他の公営ギャンブルの会場とは異なる光景。若い女性や家族連れが入場者の3割に達し、子供たちが楽しそうに場内を遊び回る。
サラブレッドの2倍、1tを超える馬体のばんえい馬が1tの鉄ソリを曳き、200mの直線コースを競う世界でも例のないレース。フルゲートで最大10頭の馬が、高さ1mと1.6mの2つの障害を乗り越えていく。
平均タイムは2分というから、人間が早歩きするほどのスピードだが、砂に足を取られ立ち止まる馬も多い。1日11レースを毎週土曜から月曜までの3日間、1年を通して開催。重賞レースの最後を飾る「ばんえい記念」ではスタンドが満員となり、中央競馬さながらに盛り上がる。
ばんえい競馬の歴史は、明治時代に遡る。北海道開拓のための農耕馬が米俵や丸太を曳く力試しの祭典が原型で、その後1946(昭和21)年に公営競馬としてスタート。地元の娯楽として人気を呼び、1953年には帯広、旭川、北見、岩見沢の4市で開催されるようになった。
1991年度には計322億円を売り上げたが、バブル崩壊で客足は遠のき、1998年度を境に赤字に転落。2006年度を最後に帯広市以外の3市は撤退することになった。
唯一残った帯広の再生への道は当然容易ではなかった。後半5レースの1着を決める5重勝単勝式馬券の導入や網走場外馬券場の新設、ナイターレースの開催など、矢継ぎ早に手を打ったが、いずれも集客の決定打にはならなかった。
「それでも、新しいアイデアを次々と打ち出していきました。2007年からはインターネットでも馬券を買えるシステムを導入。騎手が女性客を乗せたソリを曳く『人間ばん馬』レースなどのイベントを開催するなど、思いつく限りの手を打ちました。すると、テレビや漫画などで取り上げられるようになってきたんです」(帯広市ばんえい振興室・佐藤徹也室長)
地道な努力が実り、昨年度の入場者数は28万人と過去最高となった。
そして、今年の冬にも歓声と熱気に包まれるばんえい競馬。渾身の力で坂を駆け登る馬たちのように力強く新たな歴史を刻んでいく。
撮影■山内伸(『北海道遺産 ばんえい競馬』・山内伸著/朝日新聞出版刊は3月28日に発売)
※週刊ポスト2016年3月4日号