小銃を担いだ日本軍人に娘が連れて行かれるさまに、両親は為す術もなく、道に泣き崩れた──。2月24日に封切られた韓国映画『鬼郷』の冒頭シーンである。14歳のときに“強制連行”されて慰安婦にさせられたという少女の悲惨な生涯を描いた映画だ。韓国内340か所の映画館で公開されると、わずか1週間で観客動員数170万人を記録する大ヒットとなっている。
これまでも韓国では数多くの反日映画が製作されてきたが、この『鬼郷』が問題なのは、フィクションとしての完成度が高く、「泣ける映画」として仕上げられていることだ。
昨年12月28日の日韓外相会談で、日韓は慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的に解決」している。
日本側は、安倍首相が「心からのお詫びの気持ち」を表明し、元慰安婦支援の財団に10億円程度を拠出することを約束し、韓国側はこの問題について国際社会に対する批判、非難を控え、慰安婦像の撤去に向けて努力することで合意している。
しかし、韓国大手紙の中央日報(2016年3月1日付)のオピニオン欄「時論」では、
〈(映画を)見た国民は「いくら戦争中とはいえ日本軍はあれほど残酷になれるのか」という怒りとともに、我々の娘を守ることができなかったことに罪悪感を抱いている。胸中に押し寄せる悲しみをどうすることもできない〉
と述べ、〈慰安婦問題は我々にとって単なる過去の歴史ではなく現在進行形だ〉〈本当の解決は今からだ〉と訴えている。
映画の内容に微塵も疑いを差し挟まないばかりか、この映画を機に、このまま慰安婦問題を終わらせないと宣言しているのである。韓国人作家の崔碩栄氏が言う。
「無名の監督、無名の俳優たちが出演する映画がここまで人気を集めたのは、やはりマスコミによる全面的な宣伝と支援があったから。テレビと新聞では毎日のようにこの映画の話が報じられ、愛国心をもつ国民なら必ず観るべきというような雰囲気が形成されている」
映画館に足を運んでいる大半は若い世代で、ネット上には映画を観た感想の言葉が溢れている。
〈本当の韓国人なら絶対に観なければならない映画。歴史をちゃんと知ればこそ、正しく対処できる〉
〈この映画が、慰安婦問題の完全解決の導火線になることを祈る〉
日韓合意に対してくすぶっていた不満が、この映画によって堰を切ったように噴出し、メディアがそれを煽り立てるという構図が展開されている。蒸し返す気満々なのだ。
※週刊ポスト2016年3月18日号