大相撲春場所が盛り上がりを見せているが、相撲部屋はしばしば「家族」のように表現される。大切な子供(弟子)を育て、鍛えるのは父(師匠・親方)の役目。そしてその子供たちを陰になり日向になり支えるのが母(おかみさん)の役目だ。相撲部屋のおかみさんの仕事は多岐にわたる。ある協会関係者がいう。
「まず大切な仕事は『弟子の世話』ですね。若い衆を連れてちゃんこの準備のために買い物に行くし、誰かが熱を出せば病院まで連れて行く。小遣いの管理をしたり、悩んでいる力士の相談に乗って励ましたり、厳しい稽古に耐えかねてスカした(逃げた)弟子を実家まで迎えに行くのもおかみさんの大事な仕事です。
それに彼らが社会人として道を踏み外さないように指導するのも大切。かつてある部屋で若い衆に八百長の噂が立った時、大部屋の黒板に“自分に恥ずかしくない相撲をとってください”と書いたおかみさんがいた話は有名です」
親元を離れて入門してきた弟子にとっては、まさに“東京のお母さん”だ。仕事はそれ以外にも多い。相撲ジャーナリストが語る。
「部屋における土俵以外のことはほとんどおかみさんの仕事といっても過言ではない。親方のスケジュール管理、取材・広報対応、タニマチとの付き合い、近隣との付き合い。差し入れに対する礼状を書く、番付を後援者に郵送するといった事務作業や、部屋全体の経理業務も大切な仕事です」
さらに1人の妻として夫を支えねばならない。部屋の仕事が忙しい中、子供が生まれたら子育てや、学校行事に駆り出される。並大抵の根性では務まらないだろう。
おかみさんには積極的に公の場に出る人と、一歩引いて支えることに専念する人とがいるという。
「例えば、昨年急死した故・北の湖理事長の夫人・とみ子さんは、ほとんど表に出ることはなかった。一代年寄の部屋の仕切りは大変だったでしょうが、理事長になってからもその姿勢を貫き、37年間にわたって陰で支え続けました。
やり方はどちらが正しいというわけではありません。ただ部屋の雰囲気を作るのは、おかみさんの手腕によるところが大きいことだけは間違いないですね」(前出のジャーナリスト)
おかみさんとしての喜びは、なんといっても「部屋の力士が勝ち越すこと」「優勝すること」だという。最高の晴れ舞台は、優勝パレード後に祝杯をあげる時、そして弟子の大関・横綱の伝達式で使者を迎えるとき。今度そのシーンを目にしたら、おかみさんの嬉しそうな表情に注目してみてもいいかもしれない。
※週刊ポスト2016年3月25日・4月1日号