ライフ

【書評】「スマホ命」で進む象徴的貧困から自分を守るために

【書評】『大人のための メディア論講義』/石田英敬・著/ちくま新書/820円+税

【評者】香山リカ(精神科医)

 スマホを忘れて家を出たことに気づいたら、あなたならどうするか。学生に調査をしたらいちばん多い答えが「たとえ遅刻しても取りに帰る」であった。「財布よりもしかすると命よりスマホが大事」な彼らの気持ちがわからない、という人にぜひおすすめしたいのが本書。メディア論を専門とする東大教授が、わかりやすい語り口で「24時間スマホ漬け」の社会や人間について解説する。

「スマホが命」の若者はすでに意識のあり方がそれまでの世代と違う、と著者は考える。情報革命はあまりにも大きな変化を私たちにもたらし、人間の生活や消費のスタイルだけではなく、意識やそれより深い無意識のあり方まで変えつつあるのである。

 スマホ世代は広大なネット空間のどこかに自分をピン留めしたら、あとは細かい趣味とかほかの人との違いにこだわりながらものを買ったり匿名掲示板に書き込みしたりする。これを「意識の微分化」と著者は言う。

 しかし、それでは積み上げ型の知識を貯えたり、総合的に人格を成長させたりはできない。「文化産業が生み出す大量の画一化した情報やイメージに包囲されてしまった人間が、貧しい判断力や想像力による、心の貧困」つまり「象徴的貧困」という事態が進む、と著者は警告を発する。

 ではどうやって私たちは、意識がどんどん微分化され貧困化することから自分を守ればいいのか。著者が提唱する「精神のエコロジー」活動については実際に本書をあたってほしいが、こうしてスマホではなくて雑誌を手に取ってじっくり読む、というのもその有効な手段のひとつだと思われる。活字世代よ、胸を張ろう。

 もちろん、スマホやパソコンが与えてくれるものは大きく、今さらそれを手放すことは不可能だ。とはいえ、いくら時代が進んでも「心や命より情報が大事」というのはどこかおかしい。そんな素朴な感覚を学術的知見の裏打ちにより確認させてくれる本書で、「知の冒険」に出る喜びを再び味わってみてはいかがだろう。

※週刊ポスト2016年3月25日・4月1日号

関連記事

トピックス

10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン
胴回りにコルセットを巻いて病院に到着した豊川悦司(2024年11月中旬)
《鎮痛剤も効かないほど…》豊川悦司、腰痛悪化で極秘手術 現在は家族のもとでリハビリ生活「愛娘との時間を充実させたい」父親としての思いも
女性セブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン