2015年8月、日本最大の指定暴力団「六代目山口組」に分裂騒動が起きた。新組織は「神戸山口組」を名乗り、六代目山口組と対立の姿勢を見せている。今後、大きな抗争に発展するのではないかと不安視されている。(2016年3月26日更新)
山口組分裂の経緯
司忍(本名・篠田建市)組長体制に反旗を翻した反主流派が、新組織を結成
日本最大の指定暴力団・山口組に亀裂が走った。“クーデター計画”では、8月末に新組織を結成し、盃直し(組長と盃を交わすこと)、発会式を執り行なうことまで具体的に詰められていたとされる。しかし、その情報をキャッチした主流派は、27日に緊急幹部会を招集した。「そこで踏み絵を迫られることを覚悟した反主流派は、そこに出席しないことで、自らの立場を明確にし、新組織の結成を事実上宣言した」(山口組ウォッチャー)
分裂した組は「神戸山口組」を名乗る
全国のヤクザ組織に神戸山口組発足の書状が届けられた。離脱派の公式な第一声だ。山口組の名跡と代紋(山菱)を手放さなかったのは、強力な求心力を自覚しているからだろう。書状には離脱派の大義もあって、「三代目親分(三代目山口組・田岡一雄組長)の意を冒涜する行為多々あり」と書かれていた。ただ、なにが冒涜に当たるのか、具体的な記述は一切ない。(ヤクザに詳しいフリーライター・鈴木智彦氏のレポート)
創設100年の山口組 過去にも大規模な分裂抗争
1984年、竹中正久・四代目山口組組長の就任に反発した山広組の山本広組長ら幹部が脱退し、一和会を立ち上げた。翌1985年、竹中組長と中山勝正若頭が一和会系のヒットマンにより射殺。組織のトップとナンバー2が同時に殺された事で、山口組は即時報復に転じ、抗争が勃発。全国各地で317もの抗争が発生し、双方で25人の死者を出す「山一抗争」へと発展した。市街地でも襲撃が行なわれ、民間人も流れ弾に当たる等の被害も出ている。
分裂の要因はカネ?メンツ?
名古屋の「本家」に関西の幹部組長らが反発か
山口組を主導するのが司忍組長の出身母体で、愛知・名古屋市に本部を置く弘道会だ。それに不満を抱く勢力もあった。「五代目が神戸の山健組だったように関西から選ばれてきた中、司六代目は関西以外で初めてのトップ。山口組には神戸の総本部の『本部』と、組長の出身組織の『本家』という考え方がある。現在の本部は神戸で本家は名古屋。違和感を覚える直参は少なくない。中心は関西であるべきだという考え方は根強い」(傘下団体幹部)
上納金制度の厳しさ
組の規模によって違うが、おおよそ月に80万円。それ以外にも本部が販売するミネラルウォーター、石鹸や歯ブラシなどの日用品の購入の強制など、とにかく金銭の支払いが発生する。暴排条例(暴力団排除条例)などの締め付けでヤクザのシノギが限定されて稼げない時代だけに、厳しい上納に不満を抱く組は多かったようだ。
跡目問題が造反組を刺激か
「今年の夏前、司六代目が七代目に弘道会の幹部を指名しようとしているという情報が出回った。これには、“次は関西に実権が戻ってくる”と思っていた直参たちが猛反発。さらに、将来的には本家を名古屋に移動させる案があるという話も出た。それからしばらくして、この脱退騒動が起きた。造反した組長たちには、“名古屋から山口組を取り戻す”という思いがあるはずだ」(傘下団体幹部)
分裂後の水面下での攻防戦
「神戸山口組」は他団体を取り込む動き
山健組の事務所に離脱派の組長たちが集まり、東京を拠点とする住吉会の二次団体、幸平一家の加藤英幸総長も合流するという。加藤総長は住吉会のナンバー3で、関東屈指の暴力派(武闘派)と評される組織を率いてきた人である。離脱派が山口組系以外の他団体を取り込むという噂は当初から流布されていた。実際、山健組事務所の前に加藤総長は現われた。山健組の井上邦雄組長とのツーショットだ。(鈴木智彦氏のレポート)
傘下組織を巡っての攻防
一触即発だったのが北海道だ。離脱派最大組織である山健組の中で、最初にこぼれ落ちたのは北海道勢だった。離脱派から脱退し、山口組に戻る動きは、釧路、帯広、札幌へと伝播し、その後、対極の位置にある南側──長崎、四国からも吹き出した。神戸山口組も黙ってはいない。暴力派の組長・幹部・組員を大量に北海道入りさせたのだ。(鈴木智彦氏のレポート)
未解決事件犯人を警察に流し相手の弱体化狙う
山口組分裂から1か月以上が経ったが、いまだ暴力による抗争は起きていない。山口組の分裂劇は第2段階に入ったとみていい。マスコミを使って互いの大義を喧伝しあう論戦は、ぼちぼち終わりになるだろう。もはや相手の不都合を感情的に罵倒することはない。警察が立件していない『未解決事件』の犯人を、具体的にリークしてくるのだ。(鈴木智彦氏のレポート)
処分者の復活を許可 もはやなんでもあり
「分裂してから、あっちこちから誘いの電話がある。引退した以上、ヤクザに戻るつもりはない。暴対法も暴排条例もヤクザにしか使えない。それでも、食い詰めているヤツはその気になるやろう」(数年前、山口組の二次団体を引退した元組長)。事実、山口組も神戸側も、処分者を積極的に復活させている。絶縁処分は復帰の可能性がない重い処分とされているが、それすらも許しているという。(鈴木智彦氏のレポート)
渦中の人物たちの声
山口組ハロウィン中止 「来年必ず開催」は分裂決着への宣言
昨年のハロウィンで、約800袋の菓子袋を近隣の子供たちに配った山口組は、今年、本部裏のガレージ横に中止の看板を掲げた。「楽しみにして頂いて居りました御子様方には大変残念な思いをさせますが来年は必ず開催いたしますので、楽しみにしていて下さい」。ひどく優しい文章は、分裂問題を1年以内に解決するという宣言でもある。(鈴木智彦氏のレポート)
「5代目の命日」に墓地で最高幹部を直撃
12月1日、この日は五代目山口組・渡辺芳則組長の命日に当たる。墓所を訪れるのは例年通り六代目山口組側で、バッティングは回避された形だ。しばらくして最高幹部がやってきた。「あいつら(神戸山口組)の考え方はな、辛抱して辛抱して辛抱してとうとう辛抱できへんようになって刀抜いたといったふうに、日本人が好きな大石内蔵助みたいなムードを作ってる。実際はちゃうやんか。執行部だったんはあいつらやんか」(鈴木智彦氏のレポート)
ツイッター組長「抗争したら無駄死に出る。避けるべき」と意見
ツイッターの「組長」なる人物。神戸山口組への離脱派である事を示唆した彼は、当事者しか知らぬ内部情報をつぶやき始めた。鈴木智彦氏がインタビューに成功した。「抗争をやったら玉砕するしかない。無駄死にが出ます。なんとしても避けるべき。それでも、やはりヤクザの存在意義は暴力です。損得を考え黙っていたら力を喪失してしまう。馬鹿を承知で動く人間が出てくるのかなと思います」(ツイッター組長)
ツイッター組長「神戸山口組は自分たちの非を認めて欲しい」
「本音を言えば、私の所属していた神戸山口組側には、間違っているのは自分たち側と認めて欲しい。ヤクザの筋論で考えれば、『盃』は絶対。神戸側がそれに関する汚名を引き受けないと、最後まで論理が破綻してしまいます。まさか敵味方になるとは思ってなかった。双方が譲り合わないと話し合いにならない。早く手を打たないと泥沼になる。もっと混沌としちゃう」(ツイッター組長)
「僕は幸いにもどちら側からも信頼されている。どちらにも言ってますよ。大きな間違いだけは起こさないでくださいね、と。今やってしまったら、取り返しのつかないことになりますから。僕の夢は、分裂した山口組を、世間に迷惑かけぬよう、おさめることですね」(山口組の顧問弁護士だった山之内幸夫元弁護士)
両者の衝突が激化
山口組系事務所に車が突っ込む 「警告のレベル」と溝口敦氏
12月18日、大阪市で山口組系の関係事務所に乗用車がバックで突っ込む事件が起きた。警察は神戸山口組とのトラブルではないかと見ている。「私は大して重視してない。最近は、拳銃でのカチコミ(襲撃)は銃刀法の刑が重いから、ダンプカーのほうが有利という考えがある。それより一段下がったのが、乗用車での突っ込み。ただの器物損壊で逃げられる可能性がある。嫌がらせ、警告のレベルでしかない」(ノンフィクション作家・溝口敦氏)
神戸山口組事務所への銃弾発射 逮捕前提だった可能性も
2月23日、分裂劇の立役者であり、神戸山口組の総本部長である正木組の本部事務所に銃弾が撃ち込まれた。事務所への銃撃は宣戦布告の意味を持っている。ついに開戦という緊張感が漂った。ところがこの事件には疑問点が多かった。「逮捕された組員が個人的に追い詰められ、逮捕を前提に襲撃した可能性がある」(他団体幹部)。覚せい剤がらみのトラブルがあったという噂も出ている。(鈴木智彦氏のレポート)
各地で暴力事件が頻発
新宿・歌舞伎町で乱闘騒ぎが起き、神戸山口組の中核団体である福井県の正木組本部に銃弾が撃ち込まれて以降、全国で暴力事件が頻発。2月25日に長野県で集団暴行事件、26日に静岡県で車両破壊、27日に神奈川県でトラックが突っ込んだ。同日には埼玉県で山健組幹部宅に銃弾が撃ち込まれ、その3時間後、東京都の団地前の路上で、同じ山健組系の幹部が刃物で斬りつけられている。(鈴木智彦氏のレポート)
3月7日、両者の衝突が急速に激化する中、警察庁は「抗争」と認定した
今後の展開は?
【警察の動き】
暴力団とずぶずぶの「危ないデカ」が続々と現場復帰
警察は隣接する県警同士に強烈な縄張り意識が存在する。暴力団はこのぎくしゃくした人間関係を巧みに利用する。「それぞれの県警にS(スパイの隠語)がいる。自分たちの所轄のことは教えてくれなくても、他の捜査情報なら教えてくれる」(神戸山口組幹部)。ある県警は、かつて暴力団に取り込まれた刑事の汚職が表面化し、ずぶずぶの関係にあった人間を現場から遠ざけた。しかし、背に腹は替えられず、閑職に追い込んだ刑事を現場に戻しているという。(鈴木智彦氏のレポート)
5~6月頃に神戸山口組を「指定暴力団」に指定か
5月は、三重県でサミットが開催される。各国の要人が来日している時に、暴力団が抗争事件を起こしてしまったらメンツが潰れる。双方とも自粛の意向はあるだろうが、対立がここまで激化すれば暴発する危険性はある。ただし、警察には緊急の課題が残されている。神戸山口組の暴力団指定だ。暴対法は指定暴力団以外に適用できない。順当にいけば、6月頃には、神戸山口組の指定が完了するとみられている。(鈴木智彦氏のレポート)
【識者の見解】
「現在の幹部が身を引き再合併」もあり得る
「神戸側は、自分たちからは動きません。彼らは今回の離脱を『逃散』といっています。彼らは存続さえできればいいという立場ですから。焦燥感が生まれる理由がない。しかしながら、六代目側が仕掛けられるのか。ひとつの現実的な選択肢は、現在の幹部が身を引いて、六代目山口組と神戸山口組が再合併するという道かもしれません。対等合併です。だから、抗争だけが結論じゃないわけですよ」(ノンフィクション作家・溝口敦氏)
警察は切り札「特定抗争指定」で封じ込めを画策か
警察には2012年の法改正で暴対法に新設された「特定抗争指定」というロンギヌスの槍を持っている。これを受けると、公安委員会が定める警戒区域内で暴力団の行動は大きく制限される。神戸山口組が指定暴力団となり、特定抗争指定になれば、組員らは両組織の本部及び、傘下団体すべての拠点に、掃除で立ち寄ることさえ出来なくなる。さらに対立する暴力団員への付きまとい、相手組織の居宅周辺をうろつくことも出来ない。仲間内で5人以上集まれば即逮捕だ。(鈴木智彦氏のレポート)
分裂騒動で映画『ヤクザと憲法』に注目集まる
ミニシアターで連日満員の映画『ヤクザと憲法』がすごすぎる
『ヤクザと憲法』という、暴力団員たちの顔をモザイクなしで映し出す異色のドキュメンタリー映画が話題を呼んでいる。大ヒットには、山口組の分裂という予想外の宣伝効果があったろう。しかし実際かなりの力作なのだ。組員が持ち込んだテントを見つけて、「これ機関銃ですか?」「拳銃がないといざという時どうするんですか?」と畳みかけるシーンは、ヤクザも苦笑しながら「テレビの見過ぎ」と答えるほかなく、劇場でもかなりの笑いに包まれていた。(鈴木智彦氏のレポート)