「家族とは“ある”ものではなく、手をかけて“育む”もの」とは、104才の現役医師・日野原重明さんの言葉だ。幼い子への虐待など、心の痛む事件が多い昨今だが、まだまだ捨てたものじゃない…。43才・会社員の女性Hさんの家族に関するエピソードを紹介する。
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同棲して10年の彼は、虚弱体質で、子供の頃から長生きできないと医者に言われていたそうです。そのため、「きみの足かせになりたくないから」と、つきあった当初から結婚はできないと言われていました。私も一緒にいられれば、籍を入れなくてもいいだろうと、そんな彼の意思を尊重していました。
彼は華奢で色白でしたが、朝から晩まで精力的に仕事をこなすような人だったので、虚弱体質というのは、医者が大げさに言ったことではと、正直、あまり信じてはいませんでした。
ところが去年の10月、彼が倒れたのです。多臓器不全でした。
「黙っていたけど、年は越せないだろうと言われていたんだ」と告白されました。それから急激に体調が悪くなり、わずか1か月で寝たきりになってしまいました。私は会社を休んで、彼に付き添いました。次第に話す力もなくなり、「はい」は1回、「いいえ」は2回の瞬きで、意思疎通をするのがやっとの状態に。
彼がいなくなる──。そんな現実を間近に感じた途端、このままでは、私たちが他人で終わってしまうことに、初めて後悔を覚えました。紙切れ1枚の絆より、隣にいる温もりが、何よりも確かな結びつきだと思っていたのですが、ふたりの関係を明確な形で残したいと思うようになったのです。
私は彼にその思いを打ち明けました。そして、「私、あなたと結婚したい」とプロポーズしました。彼は1回だけ瞬きをし、ふんわりと微笑んでくれました。
それから1週間後、彼は息を引き取りました。穏やかな表情でした。
私は今も彼と暮らした部屋にいます。出かける時は、いつも表札を見ます。そこには、彼の名字が記されているからです。それを見るたび、彼と一緒に暮らしている気がします。私はこれからも、彼の妻として、彼の名前で生きていきます。
※女性セブン2016年4月14日号