総合商社業界において三菱商事が15年間守り抜いてきたトップの座を奪ったのは、三井物産でも住友商事でもなく、非財閥系で野武士集団とも呼ばれる伊藤忠商事だった。3300億円の利益をたたき出しての王座奪取だ。この大逆転劇を演出したのは、2010年4月から社長を務める岡藤正広氏(66)の手腕によるところが大きい。
伊藤忠入社後に輸入繊維部に配属になった岡藤氏は、そこで早くも頭角を現わしていたという。
ジョルジオ・アルマーニやミラ・ショーン、ハンティング・ワールドなど、有名海外ブランドの輸入代理権争奪で連戦連勝を重ねた。さらに、独占輸入販売権だけでなく、ブランドの日本市場における製造・販売の権利を得て、ブランド全体を管理する──いわゆる「ブランドビジネス」を花開かせた立役者でもあった。
その岡藤氏に早くから目を掛けていたのは、同社元会長の丹羽宇一郎氏だ。ジャーナリスト・有森隆氏がいう。
「ブランドビジネスを作り上げた手腕を高く評価していました。しかし、実際に彼を社長に指名したのは現在の会長で前社長の小林栄三氏です。小林さんは静、岡藤さんは動で激しい。資源に偏重しつつあった同社を非資源に引き戻すいわば“劇薬”として、岡藤氏を起用しました」
劇薬は就任から1年も経たずにその片鱗を見せた。
「吉野家との資本提携解消を決めたのです。これは丹羽氏が社長時代にまとめたものだったのですが、しがらみに囚われない豪腕ぶりは、すでにこのときに発揮されていました」(同前)
岡藤氏は丹羽―小林体制で社内に蔓延した“官僚的”文化も次々に打破していく。岡藤氏を長年取材する月刊BOSS編集委員の河野圭祐氏が話す。
「岡藤さんは、アナリストから『最近の伊藤忠は住友商事より元気がない』と言われたことを相当気にしていました。お堅い会社の代表のような住商より元気がないとは何や、と。自由闊達な社風を取り戻そうと考え、まずは『会議の書類を減らす』ところから始めると話していた」
すぐに有言実行し、会議で配布される資料の厚さは6割も減ったという。
さらには、働き方の改革も推し進めた。朝5時からの「朝勤」を提唱し、深夜残業割増金を朝の時間外勤務に切り替える制度を導入。その分、夜は早く切り上げるべきだと、夜型で接待がつきものの商社マンに「110運動」の大号令をかけた。
これは、飲む酒は「1」種類で、「1」次会まで、午後「10」時には切り上げるというものだ。
「やるといったらすぐにやるのが岡藤流。最初にこのアイデアを耳にしたのは記者懇談会の席でしたが、その数か月後には制度化されるという恐るべきスピード感です」(専門紙記者)
※週刊ポスト2016年4月15日号