僧侶であり内科医でもある田中雅博さん(70才)の著書『いのちの苦しみは消える』(小学館)が話題になっている。田中さんは、2014年10月にステージ4の膵臓がんが見つかり、現在も抗がん剤などの治療を続けている。「余命わずか」とであることを自覚している田中さんは、この著書で生と死の見つめ方を綴っているのだ。
そして、生と死を見つめるのは本人だけではない。家族もまた見つめることとなる。もし、自分の夫ががんだと宣告されたらどうなってしまうのか。妻を襲うのは、愛する人を失うかもしれない不安だけではない。まだ幼い子供や高齢の親のこと、お金のこと、治療のこと──考えれば考えるほど不安は募る。しかし、田中さんの妻・貞雅(ていが)さん(68才)は、夫の病を受け止めた。
「最初に聞いた時はものすごくショックで、これから先どうしたらいいの、という気持ちでいっぱいでした。でも主治医の話を聞いていて、この人が病気を受け止めているんだから、私ががたがたしても仕方がないと思い直しました」(貞雅さん)
そう話す貞雅さんは麻酔科医で、夫とともに家族で病院を経営している。夫の考えに寄り添うのは、彼女自身の経験もあるからだ。
「麻酔科は患者さんの痛みを取る役割です。私が働いていた頃は、本人ががんだと知らされていないかたも多く、不安な気持ちのまま、痛みと闘っていました。治療の最中に患者さんから“私の病気は悪いんですか”“まだ子供が小さくて死ぬわけにはいかないんです”と言われても、主治医ではないので話を聞くことしかできません。きっとそのかたは死ぬことが怖いのではなく、子供が幼いという心残りがあったんでしょう。その人たちを見ていて、その人らしく余生を悔いなく過ごせることが何よりだと実感したのです」(貞雅さん)
貞雅さんは、病院のスタッフに「私はこれから住職(夫)を第一優先にします」と挨拶し、できる限りは夫についていようと決めた。
「だけど夫は、自分でできることは自分でやるし、私が手伝おうとすると嫌がるんです。できることは自分でしたい、夫には強い意志があるので、サポートはするけど、見守ってそっと放っておきます」(貞雅さん)
夫は“生きることへの執着を捨てる”と決めた。世の妻が、「なんとしてでも長生きしてよ」という気持ちになってしまうところ、貞雅さんは、夫の思いを受け入れている。
「この人を尊敬して、この人を選んで結婚しました。だから、その夫の思いに従うだけです。夫は、科学的に効くことはすると決めています。実際に抗がん剤はとても強い治療で副作用もあるけど、鉄の精神で耐えていると思います。私だったら耐えられない」(貞雅さん)
※女性セブン2016年4月21日号