SNSで知り合った若者と結婚し、幸せな新婚生活に入った女性が、幸福もつかのま、次々に予想外の出来事に巻き込まれてゆく。眠っているあいだに不思議の国に迷いこんでしまったアリスのように。
岩井俊二監督の「リップヴァンウィンクルの花嫁」は、一人の女性の受難劇であり、冒険物語でもある。リアルでいながら現代のおとぎ話のようでもある。実に面白い。
主人公の七海は真面目だが、どこか世の中と波長が合わない。学校の先生になるがうまく続かない。それでいてパソコンを通しての個人授業だとうまくゆく。どうも生身の人間が苦手らしい。宮沢賢治が好きで、ハンドルネームを賢治作品に出てくる「クラムボン」や「カムパネルラ」にしている。
シュークリームを思わせるような七海を、まだ少女の可愛さを残す黒木華が好演している。一生懸命でいながら飄々としている。生臭さがない。
友人の少ない七海は、安室というなんでも屋(綾野剛)に、結婚式に友人を装って出席してくれるよう仕事を依頼する。安室は手八丁口八丁の要領のいい男で、彼の登場によって七海の平凡な生活の歯車が狂い始める。
夫(地曵豪)が浮気をしていると知る。知った時、「アチャー」と驚くのが可笑しい。夫の浮気だけでも驚きなのに、夫の母親(原日出子)からは逆に「浮気をしているのはあんたのほうだ」と責められ、家を追い出されてしまう。いったいどうなっているのか、七海にはさっぱり分からない。無論、観客にも。
困った七海をなぜか、なんでも屋の安室が助けてくれる。バイトを紹介してくれる。横浜あたりの西洋館にメイドとして働くことになる。そこには、以前、会ったことのある真白(歌手のCocco)が暮している。風変わりな女性で、AV女優をしているらしい。
彼女のハンドルネームはアメリカの民話の主人公(日本の浦島太郎のような)リップヴァンウィンクル。自殺しようとしていて、一緒に死んでくれる連れを探している(とあとで分かる)。そこに七海が現われた。彼女の運命やいかに。
この映画では、人間たちがドールハウスの人形のように現実感がない。まるで人形が現実のなかに“代理出席”しているよう。
電子機器に取り囲まれて生活しているうちにいつのまにか、現実に生きているという実感をなくしつつある現代人の稀薄感が浮かびあがってくる。
文■川本三郎
※SAPIO2016年5月号