北海道・砂川市の『いわた書店』は、文面を通じた1対1のコミュニケーションで本を勧める。
「又吉直樹さんの『火花』が240万部で大ベストセラーになっていますが、それでも人口の2%です。つまり書店は2%のお客さんの欲求に応えられれば、経営が成り立つんです」
こう話す店主の岩田徹氏は2007年、客の人生観などを聞き取った上で1万円分の書籍を送る「1万円選書」を始めた。“カルテ”と呼ぶアンケート用紙には読書歴に加え、「人生で嬉しかったこと、苦しかったこと」「何歳の時の自分が好きか?」「これだけはしないと決めていることは?」「あなたにとって幸せとは?」などの質問が並ぶ。
岩田氏は“カルテ”を丹念に読み、時にはメールでやり取りを重ねた上で本を選び発送する。「親の指示通りに生きてきてしまった」と後悔を綴った30代の女性には、児童虐待をテーマにした『きみはいい子』を選んだ。回答と無関係に思えるが、意図がある。
「その気持ちのまま過ごすと、子供にも自分の考えを押しつけ、気付かないうちに手を上げてしまう。言葉で忠告するのではなく、本というオブラートに包むと伝わりやすくなるはず」(同前)
このほか、つかこうへいの『娘に語る祖国』など20年近く前に発売された名著も一緒に送った。「近道しようとするほど遠回りになる」という信念のもと、ベストセラーや自己啓発本、ハウツー本は基本的に選ばない。また、「1冊でも多く読んでもらいたい」と文庫を中心に選ぶ。
「1万円選書」を知って、直接選んでもらおうと人口2万人弱の小さな街にある書店に、全国から注文が殺到。沖縄からはるばる訪ねてきた客もいた。
「潜在的読者はたくさんいる。何を読めばいいのかわからないだけなんです」
この取り組みで、昨年は前年比で売り上げ8%アップ。依頼が殺到したため、1年以上募集を停止していたが11日から期間限定で募集を再開。店頭で頼まれることも多いため、専用コーナーで1万円分のお勧め12冊を並べている。最近の店主のお勧めは箱根駅伝の学連選抜に着目した小説『チーム』。
こうした個性派書店のアイデアと奮闘は、本の楽しさ、面白さを再び私たちに教えてくれる──。
■撮影/佐藤敏和
※週刊ポスト2016年4月22日号