【著者に訊け】坂井希久子氏/『ハーレーじじいの背中』/双葉社/1500円+税
明日や昨日では近すぎる。たぶん一代おいた明後日の関係がいいのだろう。医学部をめざす都立高校3年の〈真理奈〉と、ワイルド&セクシーな祖父〈晴じい〉の、この家出とも誘拐(!?)ともつかない逃避行は──。
坂井希久子氏の最新長編『ハーレーじじいの背中』。夏休みの補講中、母方の祖父が校庭に乗り付けたハーレーに制服のまま跨がり、あてのない旅に出たのが始まりだった。
生粋の自由人晴じいと、最近まだら惚けが著しいクリスチャンの〈清ばあ〉。さらに今では父方の〈茂じいと房ばあ〉までが同居する阿部家は、代々目黒不動で〈不動湯〉を営んでいた。だが母〈桃子〉と婿の〈則夫〉は高い学費に備えて家業を畳み、今は跡地に建った21階建てマンションの最上階に住む。
真理奈は清ばあが惚けたのは不動湯を売ったせいだと自分を責め、学校では親友〈浩香〉と〈辰彦くん〉の三角関係に巻き込まれて、毎日が息苦しい。そんな時、〈そんなに嫌なら、さらってやろうか〉という晴じいの誘いについ乗ってしまったのだが、68歳の背中は悩める18歳に、さて何を教えてくれる?
元SM界の女王様という職歴や、青春小説から官能小説まで幅広い作風で注目された新星も、今年で作家生活8年目。代表作『ヒーローインタビュー』ではプロ野球界のある代打男を巡る人間ドラマを描いて絶賛され、まさに虚実を操るプロの仕事を思わせた。
「女王様との共通点ですか? よくできた物語じゃないと楽しめないのは一緒かもしれません。どんな筋書きなら相手が喜ぶか、常に想像力を使うのはSの方。その苦労も顧みない依存型のMより、よほど優しくて勤勉ですね(笑い)」
少子高齢化を映した〈祖父祖母四人に孫ひとり〉という設定や、銭湯が消え、高層化や高級化が図られてゆく町の佇まい。そのジジババすら団塊の世代で、両親が団塊ジュニアという若さには、時代の移り変わりを痛感せずにはいられない。
「私は両親が団塊の世代で、祖父母は戦争の話など違う価値観をくれる人だったけど、今の女子高生はもう戦争の話を誰にも聞けないんですね。今は祖父母世代と孫世代が地続きな感じがするし、真理奈が驚くとしたら全共闘運動くらいかなって。なぜあんなに学生が暴れたのか、授業ではサラッと流すだけですし、家族の過去って意外と知らない人が多いと思うんです」
祖父の愛車に跨がった時、真理奈は母の期待も、恋に現を抜かす浩香のお気楽さも、何もかもが嫌だった。健気に家業を守った清ばあを顧みない晴じいは特に許せない存在で、そのまま東北道をひた走り、尻の痛みを訴える彼女が連れ込まれたのは、ラブホテル! アロハに長髪のバイク乗りと、制服姿の女子高生は、祖父と孫には当然見えない。
「色気すら漂う晴じいは、彼女をここではないどこかに連れ出してくれる王子様なんですね。現役感がなさ過ぎてもつまらないし、イメージはマイク真木さん風の、ちょい悪オヤジです」
誰もが認める〈「委員長」キャラ〉で、18で処女なんてカッコ悪いと言う級友こそカッコ悪いと思う彼女に晴じいは言う。〈その歳まで男を知らずに来られたってのは、実は幸福なことだ〉〈大事にされてねぇ女は、自分を大事にできねぇ〉
そんな矢先、祖父の携帯に女の声で電話が入る。相手は身内が急に腰を痛めたという山形の農家の嫁〈ジェシカさん〉。実は晴じいには旅先で世話になった恩人が日本中にいるという。その恩返しで農繁期は忙しいというのが旅の真相らしく、2人は一路、尾花沢のスイカ農家〈結城家〉を目指す。